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マスターシリンダピストンが戻り切らないことによるレバータッチの悪化について


【整備車両】

5CG1(SG01J)マジェスティSV YP250S  1997年式  走行距離:24,000km


【不具合の症状】

ブレーキ油圧を開放してもマスターシリンダピストンがシリンダの途中で止まり完全に元の位置に戻らず、

油圧がかかるまでの遊びが過大になり、ブレーキレバーの握り具合やフィーリングが悪化していました。


【点検結果】

図1のAはリヤブレーキマスターシリンダの側面からピストンまでの垂直距離を示したものです。

ピストンの戻りが悪く、Aは4,5mmありました。
これはピストンが戻り切らずにシリンダの途中で引っかかっている状態です。


図1 、戻りの不十分なマスターシリンダピストン

何度ピストンをストロークしてもピストンは同じ場所で止まり、Aは4,5mmから変化しませんでした。

マスターシリンダの側面からかなり潜った状態です。



図2はマスターシリンダ内部を点検した様子です。

画像中央の黄色い矢印の示している部分が黒くなっていました。


図2 、ピストン戻り不良の原因と考えられる黒い染み

ピストンカップセットの位置を4,5mmオフセットした位置と照らし合わせると、

黒くなっている部分はOリングの位置と一致しました。

このシミの様なもの以外はシリンダ内に特に異常が見られませんでした。

またピストンカップセットのリターンスプリングの長さも新品と取り出したものでは差が0,1mm以下であり、

スプリングに損傷やへたり等はありませんでした。ピストンカップゴムの状態も特に問題ありませんでした。

このことからOリングがシリンダとの接触で何らかのかたちで黒い部分でひっかかり、

それ以上戻らなくなっていたのではないかと推測できます。





図3 、ピストン/カップセットの新しいOリング(左)と潰れた古いOリング

図3は新品のOリングの厚みAと古いOリングの厚みBを比較した様子です。

新品が約1,82mmだったのに対し、古いものは約1,92mmでした。

AとBの差約0,1mm程度がシール機能の為にピストンとシリンダに挟まれて潰れていたものだと考えられます。

この変形がシリンダのある箇所で引っかかりを起こし、それ以上ピストンを戻らなくしていたと推測できます。

車両はメガスピードに入庫される前にしばらく屋内保管されていたことが分かっていますが、

その期間に何らかの原因でピストンが戻り切らないままの状態で固定され、

そこが痕となり、Oリングがそこで引っかかる原因となった可能性もあります。

ピストンの戻りが悪かったものの、ブレーキキャリパに引きずりが発生していないのは、

油圧を開放し引っかかる部分までピストンが戻った状態で、

ピストンカップがリターントポートよりも手前まで戻って油圧が解放されている為だと考えられます。


【整備内容】

図4は洗浄、研磨後に新品のピストンカップを組み立て、

ブレーキレバーを500回程ストロークした後に再度分解したマスターシリンダ内部の様子です。


図4、研磨、Oリングの摺動により除去された黒い染み

シリンダ内を単体で洗浄研磨しただけでは黒い染みの落ち具合が不十分でしたが、

マスターシリンダを組み立て後の500回程度のピストンのストロークでかなり染みが落ちました。

このことからピストンに組み付けられるOリングの摺動に伴うシリンダ内の清浄効果がかなりあることが分かります。

ピストンの戻り具合も良好で、サークリップによる抜け留めの規定位置までスムーズに動く様になりました。



図5のBは分解整備の完了したマスターシリンダの側面からピストンまでの垂直距離です。


図5 、正常な戻り位置にあるマスターシリンダピストン

Bの距離は約1,0mmです。分解整備前の距離Aが約4,5mmだったので、

約3,5mm程ピストンがマスターシリンダ側面方向に出てきました。

これによりブレーキの遊びが規定値になり、ブレーキレバーのタッチやフィーリングが良好になりました。


【考察】

ブレーキマスターシリンダ内のピストンが戻らない原因は、リターンスプリングの損傷やピストンの固着が考えられます。

この事例では、ピストン固着とまではいかないものの、ある位置で止まってしまい、完全に戻り切らない状態でした。

シリンダ内部にはわずかな黒い染みがあっただけで、その染みも肉眼で見る限りはも全く段差がない状態でした。

ピストンのOリングもわずかに潰れて厚みが増している他は目立つ損傷や素材の劣化等は見られませんでした。

それ以外は特に大きな不具合の原因が発見できなかったので、

ピストンが戻り切らないで止まってしまうのは黒い染みが原因だと推測できます。

ブレーキフルードは多少劣化して変色している程度で、大きな腐食等はありませんでした。

このことから黒い染みはOリングのゴム物質がシリンダ側面に練り込まれ、そのまま固着したのではないかと考えられます。

何らかの原因でピストンが戻り切らずに引っかかり、その状態で長期間保管されたことにより、

ゴムが接するシリンダ側面に融解、固着して、再びブレーキが握られOリングが動いた時に千切れたのかもしれません。

成分分析を行っていないので確実なことはレポートできませんが、マスターシリンダ内が汚れていなかった事や、

黒い部品が使用されているのはシリンダ内ではゴム類だけであること、

それに黒い部分が染みだけで傷になっていなかったことから判断すると、

黒い染みがシリンダの円周上ラジアル方向に一周している点からもOリングのゴム物質の一部ではないかと推測できます。



マスターシリンダの内径は精密でしかも小さく、研磨するにも傷がつかぬように細心の注意を払わなければなりません。

その為研磨できるのは表面の極微細な皮をなでる程度になります。

この事例では研磨のみでは黒い染みを落とし切れませんでしたが、新品のピストンカップを組み、

500回程度ストロークさせてもう一度シリンダ内部を確認したところ、

使用するには全く問題ない状態まできれいになっていました。

その状態から最終的にもう一度Oリングを新品に交換し、マスターシリンダを組み立てました。

機能は完全に戻り、ブレーキフィーリングも良くなりました。

これらのことから、この事例ではピストンカップやOリングにはシールするだけでなく、

その機能に摺動部のシリンダ内面を掻き落とし、クリーンな状態に保つ重要な役割を改めて知らしめたといえます。

二輪自動車の各機関にいえることですが、やはり機関は動かされないと錆つき、固着し、鈍くなります。

ブレーキマスターシリンダ内部も同様で、長期間乗らない予定の車両でも良い状態を保つには、

保管しながら定期的に動かしておく必要があります。





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