ピストンカップの“ねじれ”及び亀裂によるマスターシリンダブーツ部からのオイル漏れについて |
【整備車両】
CBR250RH (MC17) 推定年式:1987年 参考走行距離:約45,500km |
【不具合の状態】
リヤブレーキマスターシリンダ下部のブーツからオイルが漏れていました。 |
【点検結果】
図1はリヤブレーキマスターシリンダのブーツから液体が漏れ出している様子です。
液体の色や状況からブレーキフルードであると判断し、マスターシリンダを取り外しました。
図2は取り外したリヤマスターシリンダのブーツをめくった様子です。
ブーツ内部は錆にまみれたブレーキフルードが溜まっていました。
錆はプッシュロッドとサークリップから出たものであると考えられます。
図3、セカンダリピストンカップのねじれているピストンカップセット |
|
図3はマスターシリンダから取り出したピストンカップセットの様子です。
セカンダリピストンカップがねじれて変形していました。
多少の力を加えても変形したままであることから、ゴムは長期間この状態で固定されていた可能性があります。
つまり考えられる経緯は2つ挙げられます。
1つ目はピストンカップセットをシリンダに組み付ける時に作業者が誤ってカップがねじれている状態で組み付けた、
あるいはシリンダに入れる際にねじれてしまった、ということです。
2つ目はシリンダヘの組み付けは正しく行ったが、使用しているうちにめくれてしまったということです。
その場合、カップのめくれている方向から、油圧解放時の力の向きが働く、
すなわちリターンスプリングの戻りの力がかかったときにめくれたことになります。
しかし実際にその力でカップがここまで変形するとは考えにくいといえます。
また、もし戻りの時にめくれたとすれば、次に油圧をかける時にシリンダと接触している部分には逆方向の力がかかるので、
ストローク量がおなじだとすれば、ほとんど元に近い形まで復元するはずです。
ましてやカップのリップの形状から、油圧をかける時の方がカップとシリンダ間の摩擦は大きいといえます。
つまり結論としては使用時にはすでに復元不可能な位置までめくれていたと考えられます。
したがって組み付け不良あるいは組み付けからブレーキフルードのエア抜きが
完了するまでの工程でめくれたと考えられます。
もしそうだとすれば、それが起こる可能性が高いのは、ピストンカップセットを組み付け、
ブレーキフルードを入れる前に内部が乾燥した状態でフルストロークをした時です。
油圧がかかる前はスプリングがほぼ完全に縮まるところまでプッシュロッドを押すことができるので、
このようにカップがめくれるには十分なストロークがあります。
しかし、ピストンとシリンダの内径と外径の差すなわちクリアランスは0,03mm程度しかないことから、
実際にシリンダ内部でピストンカップがめくれる現象が発生する空間があったのか疑問が残ります。
そうなると初めからピストンカップがねじれていた可能性が高くなりますが、
この部品はメーカーからピストンカップがピストンに組み付けられた状態で梱包されてくるので、
初めからねじれている可能性は低く、万が一検品でねじれた部品が出荷されたとしても、
作業者がシリンダに挿入する際には気づくはずです。
それを考慮すると、ねじれが発生したのはシリンダに一番初めに挿入する瞬間だった可能性もあります。
いずれにしても、ピストンカップがねじれた状態で形状が固定されて、
ゴムがその形で固まっていることを考えると、長期間ねじれた状態で使用されていたことになります。
また油圧は正常にかかっていたことを考慮すると、プライマリピストンカップはきちんと作動していたことになります。
油圧がかかる為に使用者は異常に気づかずそのまま現在に至ったのかもしれません。
しかし、リザーバタンクにフルードがほとんど残っていなかった点から、
ブレーキフルード不足による油圧発生不良を起こす直前の状態であったとことが分かると同時に、
フルードがどこからか漏れ出していることを示しているといえます。
次に原因を究明し、再発防止につなげる為にピストンカップを取り外し詳しく検証しました。
図4、ねじれにより亀裂の発生したセカンダリピストンカップ |
|
図4は取り外したセカンダリピストンカップの様子です。
ねじれていた部分を元の形状に戻すと、その箇所に亀裂が入っていることが確認できました。
これらのことから、マスターシリンダ内部のブレーキフルードは、
セカンダリピストンシールの亀裂及びねじれによるシリンダとの密着不良が原因でシリンダから漏れ出したと判断できます。
図5、ピストンカップの跡や摺動時の傷のあるシリンダ内部 |
|
図5はピストンカップセットを取り出した直後のシリンダ内部の様子です。
内部の黒い部分はセカンダリピストンカップが長期間動かされずに固定されていた為、
シリンダとの接触面にその一部が付着したものだと考えられます。 |
【整備内容】
この車両のピストンカップはASSYでの部品供給になるので一式新品に交換しました。
図6は新品のピストンカップセットです。
各ピストンカップは取り外した古いものと比較して張りがあり、シール機能を確保していることが分かります。
図7、修正研磨、点検整備の完了したマスターシリンダ内部 |
|
図7は整備の完了したマスターシリンダ内部の様子です。
シリンダゲージで内部を測定した結果、円筒度や真円度は0,01mm未満であり、
且つ目立つ傷がないことから、内部を修正研磨してピストンカップの一部と推測される付着物を落とし、
洗浄して再使用しました。
図8は組み立て、組み付けられた分解整備の完了したリヤマスターシリンダの様子です。
ブーツは内部の汚れが著しかったことと、ゴムそのものの弾力性が失われていて、
ブーツとしての機能の低下があると判断し、新品に交換しました。
組み付け後にブレーキフルードを入れ、きちんと油圧がかかることを確認し、
試運転を行い問題ないことを確認して整備を完了しました。 |
【考察】
この車両はオーナーが使用しなくなって半年後にメガスピードに入庫されました。
それまでは日常的に使用されていたので、
ブレーキフルードが漏れ出したのはオーナーが乗らなくなる直前であることが分かります。
しかしその原因は分解整備の結果から、
長期間変形された状態での固定によるピストンカップのシール機能の低下であることは明らかなので、
オーナーはリヤブレーキをあまり使用しない乗り方で、ブレーキフルードの漏れは極少量ずつであった可能性もあります。
メガスピードではオイル漏れを発見する前に試運転した段階ではリヤブレーキの油圧が正常にかかっていたので、
漏れる量に対して不具合なく油圧をかける為の油量は確保できていたと考えられますが、
リザーブタンクの液量がかなり減っていたことからも、それ以前にわずかに漏れ始めていたことがうかがえます。
つまり試運転をする前に確認した時点では、
メガスピードに入庫される前の半年間の保管の間に油圧がかけられない状態が続き、
それ以前に漏れ出していたフルードは落下していて一見液漏れは見受けられないような状態でした。
そして試運転時に少なくとも半年ぶりに油圧をかけたことにより、液漏れが再発したと考えられます。
リザーバタンクの液量が少ない原因は、適量を入れられていない場合もありますが、
ブレーキフルードは長期間でもほとんど液量が減少しないので、
大幅に減っていれば何らかの原因でどこからか漏れ出していることを想定しなければなりません。
この事例の内部の部品の状況を考えると、
総じて長年分解整備が行われていなかったと推測することができますが、
やはりブレーキ機構は直接人命にかかわる箇所なので、定期的に点検整備が行われることが望ましいといえます。 |
|