凝固したブレーキ液がキャリパシール廻りに堆積したことによるブレーキの引きずりについて |
【整備車両】
GSX400R(GK71B) 1984年式 〈推定〉走行距離:約21,500km |
【不具合の症状】
フロントブレーキパッドがディスクに噛みつきタイヤを引きずっていました。
ギヤポジションがニュートラルでも車両を押せないくらい強力にフロントブレーキが固着していました。 |
【点検結果】
フロントブレーキキャリパを外して分解点検したところ、
通常の技術では引き抜きが困難な程にピストンがシリンダに固着していました。
シリンダ底部、ピストン及びダストシールハウジングには劣化したブレーキフルードが堆積していました。
図1 、ダストシールハウジングに堆積している凝固したブレーキフルード |
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図1は劣化して変形し、弾力性を失ったダストシールとハウジングに堆積したブレーキフルードの様子です。
ブレーキフルードは化石の様に硬化していて、ピストン固着の原因の一つになっていました。
図2、凝固、ゲル状になっている劣化したブレーキフルード |
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図2はピストンシールハウジングに堆積したブレーキフルードの固形物とシリンダ底部に溜まっている、
ゲル状になったブレーキフルードの様子です。
油圧の伝達通路は半分くらいは塞がれている状態でした。
ブレーキフルードやその他の汚れ、ほこり、パッドの削れによる粉じん等が黒くなり表面を覆っていました。
図3、ピストンシール及びダストシールハウジングに堆積している凝固したブレーキフルードの様子 |
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図3はダストシールハウジング及びピストンシールハウジングに堆積した凝固したブレーキフルードの様子です。
ダストシールにしても、ピストンシールにしても、この固形物がハウジングに付着している体積分、
シールがピストンを押し付け、固着の引き金になっていたと考えられます。
図4、凝固したブレーキフルードの堆積したピストンシール |
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図4はピストンシールに堆積している凝固したブレーキフルードの様子です。
ハウジングに接触する面はすべて固形物が付着し、ピストンに対する圧着圧力を高めていたと考えられます。
ピストンシールのシール外周面はシリンダのシールハウジングと接触していて、
ブレーキフルードをシリンダから外に出ない様にする役目をしています。
堆積物が外部から侵入したゴミやほこりである可能性は、ピストンとダストシールの圧着密度からすると低いといえます。
またダストシール及びピストンシールハウジングの堆積物の色や形状が、酷似していること、
他の油圧伝達経路に堆積しているものにも酷似していることを考えると、
やはり堆積物はブレーキフルードであるととらえるのが自然です。
その場合は、ピストン底部のオイルがダストシールの位置まで侵入していたことになります。
本来ピストンシールの位置でブレーキフルードは完全にシールされていなければならないので、
この結果はピストンシールが劣化による機能低下でブレーキフルードをシールし切れていなかったことを示しています。
図5は固着していたピストンの様子です。
図5、キャリパシリンダに強力に張り付いていたピストン |
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ピストン側面に目立つ傷や錆、錆による減肉、歪み等は見当たらず、比較的状態は良好でした。 |
【整備内容】
図6は分解洗浄、内径研磨等の完了したキャリパシリンダの様子です。
まずキャリパを全体的に洗浄、清掃し、油圧伝達通路はすべて貫通させ、狭くなっていた内径も元の値まで戻しました。
シリンダの内径を測定したところ、
すべてのシリンダで任意の箇所及び任意の箇所から90度ラジアル方向に位置する箇所でも参考基準値内でした。
そしてダストシールハウジング及びピストンシールハウジングのかなり硬くなったブレーキフルードの堆積物を、
可能な限り取り除き、シールを取り付けた時に外部から力を受けない状態にしました。
図7は清掃後に表面研磨を行い滑らかに仕上げたピストンの様子です。
任意の外径及び任意の外径から90度ラジアル方向の位置にある外径ともに参考基準値内にあり、
表面、形状ともに十分に再使用が可能な状態に研磨しました。
図8は分解整備の完了したキャリパの様子です。
ピストンの戻りが正常になり、ブレーキの引きずりも解消しました。 |
【考察】
ピストンシールは油圧がかかると変形し、元に戻ろうとする力が押されたピストンを引き戻し、
パッドとピストンのクリアランスを生み出します。
古いピストンシールは戻り性能が劣化すると同時に、
何年も手入れのされていないキャリパのシールハウジングには必ずといって良いほど、
化石の様に硬化したブレーキフルードの固形物が堆積しています。
このことは、ピストンシールの密封機能が低下して、
ブレーキフルードをピストンシール背面及びダスとシールの位置まで侵入させていたことも示しています。
そしてそれらは各シールをピストンに必要以上に圧着させたり、シールの運動を妨げる原因になります。
ブレーキの引きずりの主な原因は、①かけた油圧が抜けない ②油圧が抜けてもピストンが戻らない
等が考えられます。
この事例ではピストンそのものがシールと固着して油圧を解除してもパッドを挟み続け、
ブレーキの引きずりを起こしていました。
キャリパを分解整備し、ピストンの固着の原因と推測されるシールハウジングの固形化したブレーキフルードの除去、
シールの交換、ピストンの外径及びキャリパシリンダの内径研磨等を行いました。
フロントと同時にリヤブレーキも同様に強力に固着していて、
ひとりでは車両を動かせない程の引きずりが起きていました。
ブレーキ廻りはパッドが削れた粉じんや劣化したブレーキフルード等で必ず汚れてきます。
時間が経てばブレーキフルードが固形化し、油圧伝達通路をふさいだり、ピストンの固着をもたらしたり、
様々な面から制動機能の低下をもたらします。その様な事態に陥らない為にも、
ブレーキ廻りは定期的な点検整備が欠かせない最重要箇所といえます。
ブレーキキャリパは機能的には簡単な構造、構成ですが、
シリンダ内部やピストン外部等を傷つけずに著しく固着したピストンを引き抜くには高度な整備技術が求められます。
またブレーキ廻りを組立、組み付けた状態で、油圧がきちんとかかる様にするのも、同様に技術が必要です。
キャリパの組み付け方ひとつでレバーの握りに対する油圧のかかり始めが変化します。
いくらエア抜きを実施しても、ブレーキユニットが理論的に正しく組み付けられていなければ、
ブレーキレバーを握っても意図した通りに油圧がかかり始めず、いわばスカスカした感触になり、
フィーリングのみならず、安全性の低下を引き起こします。
やはりブレーキ廻りは他にも増して特に正確な整備知識、技術が求められます。 |
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