リヤブレーキキャリパ対向ピストンの片押し及び引きずりについて |
〈整備車両〉
GSX-R250CK(GJ72A) 〈推定〉1989年式 〈推定〉走行距離:約3,500km |
〈不具合の症状〉
リヤブレーキパッドがディスクに噛みついて、タイヤを引きずっていました。 |
〈点検結果〉
リヤブレーキキャリパをホルダから外して点検したところ、油圧をかけても対向ピストンのうち左側のピストンが動かず、
右側の片効きになっていました。その右側も戻りが渋く、飛び出した状態でパッドがディスクに噛みついていました。
図1は油圧をかけても左側のピストンが動かず、右側のみ飛び出してきている様子です。
キャリパを分解してみると、左右のピストンに対する油圧伝達経路が、劣化、硬化したブレーキフルードで塞がっていました。
図2の画像中央の2つの穴のうち、上側が左右キャリパの油圧伝達経路です。
この状態から、油圧がブレーキホース、右側のピストンまではかかるものの、油圧伝達部が塞がっていることにより、
左側のキャリパ内に圧力がかからず、左側のピストンが動かなかったものと考えられます。
ピストンが動かない原因が判明したので、
次は動いていた側のピストンがディスクに噛みつき引きずりを起こしている原因を探りました。
図2の画像右下はシリンダ内部が劣化したブレーキフルードが凝固して各所に堆積している様子です。
ピストンシールハウジングは多少の汚れ、凝固したブレーキフルードが堆積しているものの、
それのみがピストンシールをピストンに圧着させ、動きを鈍らせて、その結果として
ピストンの引きずりを発生させているのか特定するのは難しいレベルでした。
引きずりの原因にはピストンとキャリパシリンダの固着と、
油圧発生機構であるマスタシリンダのリターンポートのつまりによる油圧のかかりっ放しの2つが大きな原因ですが、
この事例ではキャリパの点検のみでは引きずりの原因がキャリパのみだと断定することが難しいので、
マスターシリンダも分解点検しました。これはもしキャリパのみ整備して組み上げた場合に、
原因がマスターリンダにあった場合、もう一度ブレーキ廻りを分解するという二度手間を回避するとともに、
キャリパ内部の状態から判断して、マスターシリンダも同様な堆積物があると推測出来るからです。
基本的に油圧発生機構であるマスターシリンダと油圧を受け動作するキャリパは、
同じ状態のブレーキフルードを使用している点からも同時に整備しておくことが望ましいといえます。
図3、劣化、硬化したブレーキフルードの堆積したリザーバタンク連結部 |
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図3はマスターシリンダとリザーバタンクを連結しているホースです。
取り外した段階ではオイル漏れはありませんでした。
まず錆びているクランプを取り外し、締め付け部分の点検をしました。
やはりホースには長期間の圧迫による締め付け部の変形が見られ、
外側に89 . 2と製造年月日と推測される番号が記されていました。
ホース内側までは変形していないものの、クランプ部の深い擦れや全体的な素材の疲労がありました。
ホース内部には目立つブレーキフルードの堆積物や汚れはありませんでした。
図4はマスターシリンダのリザーバタンク連結部にあるインレットポート及びリターンポートを点検している様子です。
図4、劣化、硬化したブレーキフルードの堆積したリザーバタンク連結部 |
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インレットポート及びリターンポートはともに劣化したブレーキフルードでどろどろの状態になっていましたが、
発生した油圧を解除出来ない程度の詰りはありませんでした。
ただしポート内径が狭まっていたので、ある程度は油圧の解放能力が低下していた可能性があります。
また油圧解放をスムーズにさせるリターンスプリングの衰損やピストンカップの張りつき等は確認出来ませんでした。
図5、マスタシリンダ内部に付着している劣化、硬化したブレーキフルード |
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図5はマスターシリンダ内部を点検している様子です。リザーバタンク連結部の汚れから推測出来るように、
やはり内部も相応のブレーキフルードの堆積物が確認出来ました。
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〈整備内容〉
まずキャリパの方は全体的に洗浄、清掃し、特に油圧伝達部の穴は内部まで可能な限り汚れを落としました。
図6の画像中央部にあるのが、通り道の貫通した油圧伝達部の穴です。
シリンダ内径やピストンは点検測定、清掃研磨した結果、素材や規定値に問題はなくそのまま再使用しました。
次にマスターシリンダとリザーバタンクの連結部を点検清掃、洗浄しました。
図7は連結部内部とインレットポート及びリターンポートの様子です。
連結部の上側の穴がインレットポート、下側の点の様に小さい穴がリターンポートです。
リターンポートは内径が1mmに満たない小さな穴ですが、これが詰まるとピストンにかけた油圧が解放されず、
ブレーキの引きずりの原因になるので、確実に穴が貫通している状態にしなければなりません。
次にマスターシリンダ内部を洗浄、清掃し、内部を研磨しました(図8)。
シリンダ内部に目立つ傷等はなく、良好な状態でした。
図9は分解整備の完了したマスターシリンダに新品のリザーバタンク連結部のホースを組み付けた様子です。
クランプも年式相応のかなりの錆が見られたので、同時に新品に交換しました。
図9、新品に交換したリザーバタンク連結ホースとクランプ |
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現段階でオイル漏れが見られない場合でも、締め付けによる変形や素材の経年を考えれば、
一度取り外した劣化、変形しているホースを再使用するよりは、
新品部品の供給があれば交換しておくことが望ましいといえます。
図10は各所点検清掃した部品に新品のシールを組み付け組み立てたキャリパの様子です。
ブレーキパッドを取り外した状態で点検し、左右のピストンがきちんと正常にシリンダから押し出され、
性能が回復したことを確認しました。 |
〈考察〉
ピストンが動かない原因は大きく2つに分けることが出来ます。
ひとつはピストンに正常な油圧がかかっていないこと、もうひとつはピストンがキャリパに固着して動かないことです。
ピストンそのものがキャリパシリンダ内部で固着してどんなに強力な引きずりが起きていても、
油圧をかければ大概のピストンは動きます。
その点を考慮すると、ピストンの動かない理由はきちんとした油圧がかかっていない場合が少なくありません。
この事例でも、劣化凝固したブレーキフルードの堆積物が油圧伝達経路を完全に塞いでいた為に、
油圧がかからず片側のピストンが動かなくなっていました。
キャリパの状態を考慮して同時にマスターシリンダも分解整備しましたが、
やはり制動装置は包括的に点検整備されることが効果的です。
そして可能な限り、ここまでブレーキフルードの成分が劣化、凝固する前に、定期的に整備されることが求められます。 |
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