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事例:S-117

ダストシール部の化石化したブレーキフルードによる引きずりについて

【整備車両】 
 RG500EW (HM31A) RG500Γ(ガンマ) 1型  年式:1985年  参考走行距離: ―
【不具合の状態】 
 フロントタイヤが引きずっている状態でした.
【点検結果】 
 この車両は7年程度乗らずに保管していた間に不動に陥り,お客様のご依頼によりメガスピードにて再生を承ったものです.エアフィルタが劣化していたり ※1リングが硬化していたり ※2 ,オイルチェックバルブが衰損していたり,様々な不具合が発生していましたが,今回はフロントブレーキの引きずりについて記載します.

図1.1 ディスクを引きずっているキャリパ
 図1.1 はフロントタイヤを引きずっているブレーキキャリパの様子です.正確に言えばホイールに締め付けられているディスクを引きずっている状態でした.引きずりの原因は➀マスターシリンダからの液圧が解除されない,②キャリパのピストンがパッドを押したまま戻らないの2点が考えられますが,今回の事例では少なくともキャリパに不具合が確認できました.

図1.2 腐食しているキャリパ
 図1.2 は左フロントブレーキキャリパの様子で,パッドを取り外しピストンに液圧をかけてハウジングから飛び出させたものです.ピストンに錆が見られますが,そこがポイントではなく,問題なのは赤色楕円で囲んだ部位に腐食したブレーキフルードの硬い塊が貼り付いていたことです.パッドが付いている状態ではハウジングの中に隠れていて,ちょうどダストシールと位置関係が一致していました.
 硬化したブレーキフルードがキャリパ表面まであたかもカビの様に発生していました.この時点で内部はろくでもないことが待ち受けていることが想像できます.

図1.3 変形したダストシール
 図1.3 は問題のピストンが入っていたハウジングの様子です.赤色楕円で囲んだダストシールが歪んでいることが分かります.この部分に白く硬化した化石の様なブレーキフルードが挟まっていて,ピストンの動きを極度に悪化,すなわちパッドを押したまま戻らなくさせていたものであると考えられます.

図1.4 ダストシールハウジングに詰まった硬化したブレーキフルード
 図1.4 はダストシールおよびピストンシールを取り外して点検している様子です.本来あるはずのダストシールの取り付けられる溝が,ほとんど硬化したブレーキフルードの塊でギッシリ埋め尽くされていました.毎回感じることですが,この様な状態は非常に気持ち悪く,見ただけでも頭がかゆくなってきます.
 よくお酒やカレーのCM等で 『熟成した味わい』 だとか聞きますが,これこそまさに熟成した味わいではないかと思います

図1.5 腐食しているキャリパ
 図1.5 はピストンに化石が貼り付いていた方と逆半分のキャリパ内部の様子です.これもダストシールだけでなくピストンシールのハウジングにも化石がギッシリ詰まっていて,やはり頭がかゆくなってきます.
 もちろんこれをすべて手作業で何時間も,あるいは何日も(数時間やると集中力がもたないため別の日に続きをやる)かけて洗浄していくことになります.数十年経過したキャリパは最も洗浄が大変な部位のひとつであると言っても過言ではなく,新車から10年程度の綺麗なキャリパをオーバーホールするのとは洗浄困難さの次元が違います.

図1.6 汚染されているキャリパ内側全体図
 図1.6 は汚染されているキャリパ内側の全体的な様子です.ブレーキフルードそのものが吸湿性があり,固形化する為,手入れされる機会の少ないキャリパ内部はただでさえ汚れがちです.しかし5年以上湿気のある場所で置きっ放しにされていた場合,図の様に汚れのレベルが格段に上がり,洗浄が困難になります.

図1.7 化石化したブレーキフルードの貼り付いているピストン
 図1.7 は化石化したブレーキフルードの貼り付いているピストンの様子です.赤色楕円で囲んだ部位に見られる白っぽい塊が固形化したブレーキフルードです.本来ダストシールとの接触面はクリアなはずですが,この様なものが発生した場合,隙間が狭くなり動きが鈍くなります.ましてやダストシールハウジングにも同様の固形物が詰まっていたことから,ピストンは化石化したダストシールハウジングのゴミとねじれたダストシールと固形化したブレーキフルードのゴミの3重のダメージを受けている状態でした.この3連コンボでノックアウトされていたわけです.これではピストンの戻りが悪くなってブレーキを引きずるのも無理のない話です.


【整備内容】
 キャリパを可能な限り清掃・洗浄して再塗装し,組み立て時にプラスアルファの処置を実施しました.同時に不適切な見苦しい配管のホースおよびマスターシリンダを新品に交換してブレーキ系統をすべて整備することにより万全を期しました.

図2.1 ピストンシールハウジング上部に付着しているゴミ
 図2.1 はキャリパを一度洗浄した様子です.確認の為に鏡でハウジング上部を確認すると,除去し切れていないゴミが確認できました.赤色の円で囲んだ部位にゴミがあります.

図2.2 ゴミの除去されたピストンシールハウジング上部
 図2.2 はピストンシールハウジング上部に貼り付いていた取り切れなかったゴミを除去した様子です.この様に,何十年も経過しているキャリパは何度も何度も洗浄しては確認,洗浄しては確認の作業を繰り返さなければ,まず完全に綺麗にすることはできません.それゆえ最上のレベルでの仕上がりを求めるのであれば最も作業時間,費用のかかる部位であると言っても過言ではないのです.メガスピードでは鏡を使用して通常目視できない部位までも確実に洗浄し,スムーズなブレーキング性能の回復を図ります.そこまで正確に整備しなければなりません.

図2.3 塗装の焼き付け
 図2.3 は洗浄し,適切な処置を施したキャリパを塗装して焼き付けている様子です.キャリパは汚れが著しい上,簡単には落ちないので洗浄していると塗装が剥がれます.逆に言えば塗装が剥がれるほど洗浄しないと汚れが落ちないことになります.したがって,キャリパのオーバーホールとはセットで塗装を実施します.


図2.4 洗浄,焼き付け塗装されたキャリパ
 図2.4 は焼き付け塗装の完成したキャリパの様子です.ピストンハウジングおよび左右の合わせ面以外は表も裏も同様に塗装します.

図2.5 ピストンシールおよびダストシールの取り付けられたキャリパ内部
図2.5 はキャリパ内部のピストンハウジングに新品のピストンシールおよびダストシールを取り付けた様子です.ハウジングにアルミ特有の腐食による変色が見られますが,表面は洗浄・研磨してある為滑らかです.

図2.6 正確に組み立てられたキャリパ
 図2.6 は正確に組み立てオーバーホールの完了したキャリパの様子です.この段階に至るまでにすでにプラスアルファが施されている為,よりフィーリングが良くなるよう配慮されています.何事もそうですが,マニュアル通りではありません.そこが素人が称するオーバーホールとの極めて大きな差になります.

図2.7 車体に取り付けられたキャリパ
 図2.7 はオーバーホールの完了したキャリパを車体に取り付けた様子です.ここからひと手間加え,最終的な仕上げに入ります.

図2.8 整備の完了したフロントブレーキ
 図2.8 は整備の完了したフロントブレーキの様子です.マスターシリンダやホースが新品になったことにより,何の不安材料も残すことなく,フロントブレーキの整備が正確かつ確実に完了しました.

図2.9 スムーズに回転するフロントタイヤ
 図2.9 は整備を完了したフロントタイヤを持ち上げ,ブレーキキャリパの接触による回転抵抗を点検している様子です.今回は手で一度タイヤを回すとキャリパが付いた状態で7回転くらい回る為,非常に良好な結果を得ることができました.

 最終的に高速および一般道を十分に試運転し,カチッとしっかりしたフィーリングが得られ,制動力にも問題がないことを確認して整備を完了しました.リヤ廻りの錆びたチェーンの交換等との相乗効果もあり,入庫時より車両の取り回しが非常に軽く楽になりました.


【考察】 
 古いバイクの整備で大変な作業は何かと問われた場合,清掃洗浄に関しては,まず腐ったキャブレータの洗浄と,やはり同じく腐食したキャリパの洗浄を挙げます.今回の事例ではキャリパを取り上げましたが,腐食して固形化したブレーキフルードやパッドの削れカスはキャリパにまとわりつくため,見た目以上に洗浄作業が困難です.しかし細部まで完全に洗浄しなければ,望み通りの性能を回復させることはできません.

 メガスピードでキャリパの洗浄を実施する場合,必ずミラーでハウジングの裏側を確認します.それは一見綺麗になったと思われるハウジングの裏にはビッシリ汚物が貼り付いている場合が多いからです.気の遠くなる作業ですが,手でひとつずつゴミを取り除かなければなりません.またキャリパ本体の組み方も,マニュアル通り,額面通りでは望み通りの性能を引き出すことができず,フニャフニャしたフィーリングになります.それが誤ってエア抜きが完全にできていないと勘違いされているケースが多々あるのは残念であり憂慮すべきです.いくらエア抜きしてもフニャフニャしたのが直らないのはこの為です.もちろん当社の仕上がりはカチッとしっかりしたものになりますが,構造が単純なのに組み方で非常に差が出る為,ブレーキとは奥深いものだと改めて実感します

 今回の事例では7年程度乗らずに保管されていたことも考慮しなければなりませんが,そもそも発売が1985年の年代ものですから,例え乗り続けていたとしても,どこかで一度リフレッシュしなければなりません.ガソリンも腐ってガム質化し悪さをしますが,ブレーキフルードも同様です.固形化して各部の動きを著しく悪くします.したがって,ブレーキは生ものであり,定期的に手入れが必要な部位であると認識しておく必要があります.


※1 経年劣化するエアフィルタと部品をストックする難しさについて
※2 著しく硬化したリングによる密封性能低下とエアパイプの再度取り付け困難について





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