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『すごい、車直しちゃったんだ!』


 小学生だった80年代後半、日曜には父の車に乗って駅の方に家族で買い物に出かけたものでした。その日も大駐車場に車を入れて、みんなで歩いて駅前のデパートや商店街に買い物に行きました。
 帰り道のことです。大駐車場につながるメインストリートの脇にボンネットを開けて停車している車がありました。父はその様子を気にしながら歩いていましたが、ふとそちらに近づいていって、話を聞いていました。そして戻ってくると、「車取ってくるからここで待ってて。」と言い残し、駐車場に行きました。

 ほどなく車に乗って戻ってくると、停まっていた車に頭を突き合わせる形で車を着けてボンネットを開け、ごそごそ何かを始めていました。子どもにとっても、車が至近距離で向い合っている姿は何か大変なことが起こっている感じがしました。私も妹も、そして母も、その様子をじっと見守っていました。
 「ねぇお父さん何やってるのかな?」
 「分からないけど、多分何か直してるんじゃないの。車動かないみたいだからね。」

 私も妹もドキドキしながら見ていました。
 「ねぇ、お父さん直せるかな?」
 買い物袋を重そうに抱える母にそう尋ねました。
 「分からないけど、今やってるでしょ。」

 しばらくすると、停まっていた方の車のエンジンがかかりました。私たちは恐る恐る父のそばに駆け寄りました。車の持ち主のおじさんはうれしそうでした。おばさんも笑顔でした。
 「本当にありがとうございます。」
 「いえいえ大したことないですよ。」
 父も何だか嬉しそうでした。
 「お礼がしたいのですが、お名前とご連絡先を教えていただけませんか?」
 「このくらいどうということはないです。お礼はいりませんよ。」
 「そんな、本当に助かったんです。是非お礼をさせて下さい。」
 何回かこんな会話が続いた後、やがて停まっていた車の持ち主は深々と頭を下げて車に乗り込み、先に出て行きました。
 
「お父さん直したの?」
 私の声が届く前に父は車に乗り込んでしまいました。
 「お父さん直したんじゃない?」
 母がそう言いました。慣れているかのように、淡々としていました。
 「お父さんすごいねっ!」
 妹が目を丸くして私を見上げて言いました。

 “お父さん車直しちゃったんだ!”
あの時に感じた驚きと誇りと興奮は今でも容易に思い出すことができます。そして次は私の番だと。





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