トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 電装関係の故障、不具合、定期点検、一般修理の事例 (事例:1~10)





事例:D‐8
端子固定台座の破損によるホーンスイッチの不具合について

【整備車両】
 SE50MSJ (AF19)DJ.1RR (推定)1988年式  〈推定〉走行距離:約8,800km

【不具合の状態】 
 ホーンスイッチを押してもホーンが鳴らない状態でした

【点検結果】
  ホーンが鳴らない原因は、ホーンそのものが故障している場合と、ホーンまでのスイッチを含めた配線の不具合が考えれられます。まず、ホーンそのものが問題ないか点検し、良好であることを確認しました。
 次にホーン直前の端子の電圧を測定し、ホーンスイッチを押しても電圧がかからないことを確認しました。その為バッテリからホーンスイッチまで電圧がきているか確認する必要があり、ホーンスイッチを内蔵している左ハンドルスイッチを分解しました。スイッチの電源側までは電圧がかかっていることが確認できましたが、端子が本来の位置からずれた場所にありました。


図1.1 ホーンスイッチ電源側端子と破損している台座
  図1.1は電源電圧側のホーンスイッチ端子と台座です。端子そのものが腐蝕で絶縁状態になっていました。そして台座の左側と下側が割れて、欠けてしまっているのを確認しました。台座はハウジングに固定される抜け止めの爪の役割がありますが、その機能が欠如していました。これにより、本来収まるべき位置にとどまることができず、ホーンスイッチのホーン側を押した時に、押す力とスプリングの力の合成力で台座がハウジングから抜け、跳ねのけられてしまい絶縁状態になっていました。


【整備内容】
  ホーンスイッチの電源側の破損は修復した場合の強度の信頼性と修復の技術的難度を考慮し、端子そのものを交換する方向で進めました。端子は単体では純正部品の供給設定がないので、左ハンドルスイッチをASSYで取り寄せる必要があります。今回はお客様が予備に保管していたものを提供していただいたので、その左ハンドルスイッチを使用しました。すでにお客様が入手された時点で中古だったので、メガスピードで使用する前にまず中身がこの事例の端子の様に台座の損傷がないか等を確認する為に分解整備しました。


図2.1 研磨したホーンスイッチ電源側端子と損傷のない台座
 図2.1 は中古のホーンスイッチの電源側の端子と台座の様子です。端子は腐食し導通状態が悪かったので、修正研磨し性能を取り戻しました。ハウジングにはまる台座の両端及び下部の溝の割れ欠けはなく、良好な状態でした。



図2.2 組み立てたホーンスイッチ
 図2.2 は.ホーンスイッチを組み立てた様子です。電源側の端子と同様に、スプリングやホーン側の端子(画像の黄色いもの)も研磨し抵抗を可能な限り低減しました。この段階で節度あるスイッチの動作で左ハンドルスイッチのカプラに導通があり、且つ内部抵抗がほぼ0Ωあることを確認し、車体に組み付けました。


図2.3 ホーン直前の電源電圧の測定
 図2.3 ははホーンスイッチを車体に組み付け、ホーンの手前でどの程度電源電圧がかかっているかを測定した様子です。電圧はエンジンをかけない状態でバッテリー電源が11,8V、ホーン手前の端子で11,5Vだったので、電圧降下率は許容範囲内と判断しました。測定電圧が多少標準より低いのは、整備期間中にバッテリが放電した為です。節度あるタッチでホーンが確実に作動することを確認し、音量音質にも問題はなく、測定電圧に基づいて実際のホーンの状態が良好であることを確認しました。


図2.4 整備の完了した左ハンドルスイッチ
 図2.4 はすべての動作を確認し、整備を完了したホーンスイッチの様子です。ホーンが確実に作動し保安基準を満たして公道を走行できるようになりました。


考察】
 長期放置車両ではホーンそのものが錆ついて不具合を発生している場合が少なくありません。しかしこの事例ではホーンは問題なく、ハンドルスイッチに不具合がありました。今回はお客様に調達していただいた中古部品を使用しましたが、スイッチASSYは複雑な機能が内蔵されているので、必ず使用する前に分解整備し、問題がないか等を確認しなければなりません。部品が手に入ったからといってそのまま何も点検せずに中古部品を付け替えたのでは、それが本当に機能するのか、あるいは機能したとしてどのくらい耐久性があるのか把握できず、整備したうちに入らないからです。

 この事例ではハンドルスイッチのハウジングに納まる台座が損傷し、固定されずにホーン側のスイッチに押されたままになり空間ができて導通がなくなっていました。つまり、ホーンスイッチが正常に作動される為には、樹脂ハウジングに収まっている電源側の端子及び台座が、ホーンスイッチを指で押した力とスプリングの反力を合成した力に耐える必要があります。毎回ホーンを使用するたびにその力が台座及びハウジングにかかります。この事例では台座の方が破損し、ハウジングはほとんど傷ついていなかったので、材料の強度は台座の方が弱かったか、樹脂ハウジングの方はわずかなたわみで力を逃がしていたことも考えられます。いずれにしろホーンスイッチを指で押した力とスプリングの反力の合成力が、台座を疲労させ破損に至ったものだといえます。

 ホーンスイッチの使用にともない台座とハウジングは毎回指で押す力とスプリングの合成力を受けますが、ここで考えなければならないのは端子同士の接触です。ホーンスイッチの電源側の台座付き端子と、ホーン側の指で押す端子、それを介在しているスプリングの接触部の導通状態はどうだったのかを考慮する必要があります。というのは、端子が腐蝕し接触が悪くなると電流が流れにくくなり、ホーンが鳴りにくくなります。するとライダーは無意識に通常より強い力でホーンスイッチを押すことになります。その結果、標準的なホーンスイッチを押す圧力で設計された台座及びハウジングは、大きな力を受け、それが繰り返されれば多少の余裕をもって設計されたものでもやはり強度の弱い部分から破損します。すなわち今回の事例では、端子がほぼ絶縁状態だったので、経年分の通常の使用にともなう疲労や劣化をを加味しても、台座が破損する前に、かなりホーンスイッチの接触が悪く、強く押されていた時期があったのではないかと推測できます。結論として、ホーンスイッチ内部の台座の損傷を避ける為には、接触が悪くなった場合はむやみにホーンスイッチを使用せず、可能な限り迅速に分解整備が行われるのが望ましいといえます。つまり、台座やハウジングに過度の負荷をかける事態を回避する必要があるのです。今回メガスピードでは、お客様から提供していただいた中古スイッチを使用前に分解整備し、端子も可能な限り研磨し、抵抗は限りなく0Ωにしました。それにより、ホーンスイッチはわずかにプッシュするだけで、確実に導通しホーンが鳴るようになりました。それはライダーにとってストレスのない快適な操作性を取り戻しただけでなく、適時に意図した通りに警報音を鳴らせるということは安全性の向上につながります。さらにホーンスイッチ内部の台座やハウジングにも、必要最低限の負荷で稼働するようになり、疲労を防ぎ、長持ちさせる効果をもたらしたといえます。

 この事例では、ホーンスイッチASSYが新品で入手できれば、それを交換するだけで問題解決となるはずです。しかしそれは単に部品を交換しただけの誰でもできる作業のひとつに過ぎません。例え新品が入手できて部品交換で完了したとしても、整備技術者はその原因と再発防止策を考えなければなりません。整備技術者は単なる部品交換屋(パーツチェンジャー)ではないのです。部品交換は誰でもできます。しかし整備技術者は事象に対する様々な背景を状況から理論的に推測し、くみ取り、考察し、再構築する洞察力、そして整備作業技術もそのはるか上をいかなければならず、常に学習する意欲と向上心、絶え間ない研究追求心が必要です。整備する車両が20年以上前の絶版車である場合は、高年式や現行のそれとはアプローチが全く違います。新品が出ない場合は中古品を使用するか、新規に製作するしかありません。新規に制作するのが技術的やコスト的、時間的に厳しい場合は、中古を使用しなければなりません。中古を使用する場合は、その中古が使用可能であるか分解整備し確認しなければなりません。そして使用可能であると判断しても、再度入手困難な場合は、それを破損させないように慎重に組み付ける必要があります。





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