【修理車両】
FZ250R (1HX) (推定)1985年式 〈推定〉走行距離:約11,500km |
【不具合の症状】
水温計の指針がレッドゾーンに入ってもラジエータファンが回りませんでした。 |
【点検結果】
ラジエータファンの回路を総合的に点検し、ファンが回転しない原因を特定することから入りました。
図1はファンの回路を示したものです。1HXのファンスイッチ(以下サーモスイッチ)はリレーやフレームアースではなく、
スイッチがONすると電気が流れ回路がつながる仕組みになっています。
① バッテリ |
↓ |
② メインヒューズ |
↓ |
③ メインスイッチ |
↓ |
④ ファンモータヒューズ |
↓ |
⑤ サーモスイッチ |
↓ |
⑥ ファンモータ |
↓ |
⑦ フレームアース |
|
図1、FZ250R(1HX)のラジエータファン回路 |
|
|
|
バッテリやメインヒューズ、ファンモータヒューズの状態等基本的なものを点検し、
異常がないことを確認して次にファンモータ回路を点検しました。
図2はサーモスイッチをバイパスさせ、電流をアースさせている様子です。
この状態でラジエータファンが回転したので、バッテリからフレームアースまでの回路は正常であると判断しました。
残りはサーモスイッチのみなので、サーモスイッチの不具合と断定し、スイッチの点検に移りました。
水温計がレッドゾーンに入ってもファンが回らないという状態を考えると、
サーモスイッチが完全に故障していてどの様な条件でもONにならない可能性があります。
ですので、取り外したサーモスイッチを加熱し、まずスイッチがONするかどうかを点検しました。
図3は徐々に油温を上げてスイッチを加熱し、摂氏何度でONになるか点検している様子です。
(実際は冷却水の温度が上がり、ラジエータファンが回転する状態)
点検の結果約120℃程度でスイッチがONになり、電流が流れました。
このことからスイッチは完全に故障していないものの、
電流が流れ始める(スイッチが入り導通がある)温度が一般的なもの(98℃~108℃前後)より高いことが分かりました。
マニュアルには1HXのサーモスイッチ作動規定値が102℃、停止が97℃であれば良好とされています。
この事例では新品のサーモスイッチと取り外したものの導通開始、停止温度を比較しました。
図4は新品のサーモスイッチ(2個あるサーモスイッチの画像左下側)を加熱し、
この個体の導通開始温度をデータとして取り出している様子です。
同じ条件の油温で取り外したスイッチも同時に加熱しています。
測定の結果、新品のサーモスイッチは約103℃~106℃程度で導通がありました。
取り外したスイッチは約113℃程度で導通がありました。単体での点検時より電流の流れる温度は低いものの、
同一条件で新品と比較すると、やはり7℃~10℃程度高くなっています。
次に、油温が下がり導通がなくなる温度を測定しました。
(実際にはラジエータファンの回転により、冷却水の温度を規定値まで下げてファンが停止した状態)
取り外したものでは102℃程度でスイッチがOFFするのに対し、新品では96℃程度でOFFになりました。
やはり取り外したものの方が8℃程度高く、ONもOFFも同様に新品の方が設定温度が低くなっています。
以上の測定結果を表1に集約しました。
1 |
取り外したサーモスイッチ |
新品のサーモスイッチ |
マニュアル記載の規定値 |
スイッチON(導通有) |
113℃程度 |
103℃~106℃程度 |
102℃ |
スイッチOFF(導通無) |
102℃程度 |
96℃程度 |
97℃ |
|
これらの点検結果から、取り外した古いサーモスイッチは新品の作動状態に比べてONもOFFも高くなっています。
測定は加熱と冷却を4サイクル繰り返し行いましたが、平均して表1の様な結果になりました。
新品でも完全にマニュアル記載の規定値と一致しませんが、
測定方法や条件、使用器具等、規定のものとの誤差や部品の個体差を考慮すればほぼ規定値に近い数値といえます。
製品の個体差を踏まえた上で、新品を取り付ける前に規定の測定条件による作動温度を控えておけば、
次回の点検整備時と比較することが出来ます。
取り外したサーモスイッチは最初に測定した時のみONになるのが120℃程度でしたが、
これは長期間使用されなかった為に内部の動きが渋くなっていたり、
何らかの要因がもたらした一時的な現象と考えられます。
サーモスイッチは端子部が樹脂でコーティングされており、非分解式且つ再組み立ての不可能な部品ですが、
何故スイッチがONになる温度が新品に比べて高いのか、内部を取り出し原因の究明を行いました。
図5及び図6はそれぞれスイッチの状態がOFF、ONの時のサーモスイッチ内部の様子です。
以下に作動原理とスイッチON、OFFのおおまかな流れを示します。
まず水温が高くなるとサーモスイッチハウジング内部に入っている膨張剤のワックス(図5、6のピストン下部に位置)が
熱により膨れピストンを上に押し上げます。上に押し上げられたピストンはスイッチ下部のスナップ板に接触し、
そのままスナップ板を押し上げ反転させます。
それにより図5で開いていた接点が図6のようにつながり回路が成立してスイッチONの状態になります。
その結果端子片側にかかっていた電圧が接点がつながることによってもう一方の端子及びフレームアースまで電流を流し、
ラジエータファンを回転させます。
次に水温が下がると膨張剤が収縮し、接点に取り付けられているリターンスプリングにより接点が開かれるのと同時に
ピストンを下に押し下げ、回路を断ち切りスイッチOFFの状態になります。
サーモスイッチはこの動作を繰り返しています。
スイッチのON、OFFが境界付近で頻繁に起こらない様に通常はONになる規定温度がOFFより高くなっています(表1)。
図7はサーモスイッチハウジング中央のシリンダ最下部にある膨張剤のワックスの様子です。
これが熱により膨らみ、その上に位置しているピストンを押し上げることにより接点をつなぎスイッチ回路をONにします。
図8はハウジングを加熱し、膨張剤の膨らみ具合を点検している様子です。
温度に対するピストンの突き上げ量の規定値は資料がないものの、
加熱された膨張剤によりピストンが押し上げられるのが確認出来ました。
目視ではピストンの上昇時にシリンダとの引っかかりはなく、極めてスムーズな動きをしていました。
スイッチONになる温度が新品のスイッチより高くなった原因としては、ハウジング下部の熱伝達状態の不良、
規定温度に対する膨張剤の膨張率の不足、スイッチ可動部の固着による動きの鈍さ、
ピストンとスナップ板の接触部の摩耗によるクリアランスの過大等が推測出来ますが、
症状の原因を断定出来る様な部品の不具合を発見することは非常に困難でした。 |
〈整備内容〉
取り外した古いサーモスイッチは非分解式で、部品供給からもASSYでの交換になるので、
スイッチ取り付け部を点検清掃し、新品のサーモスイッチに交換しました。
図9及び図10は試運転におけるラジエータファン回転開始、停止時点の水温表示です。
試運転は曇り、微風で外気温約14℃程度の気象条件で行いました。
図9はラジエータファンが回転し始めた時の水温計の表示です。
古いサーモスイッチでは指針がレッドゾーンに入ってもファンが回らなかったのに対し、
新品のサーモスイッチはレッドゾーンより少し手前でスイッチONになりました。
アイドリング状態で維持していると、ファンの回転により数分で水温が下がり、
図10の水温表示の時点でスイッチOFF、ファン停止となりました。
図9に比べて図10では少し指針がC(COOL)寄りに動いているのが分かります。
再びエンジン回転を2,000rpm~3,000rpmにして水温を上げ、ファンの稼働を確認しました。
スイッチON、OFFの動作確認を4サイクル程度行い、気象条件を考えてもファン回路及びファンは良好と判断しました。
新品のスイッチは単体点検で約103℃~106℃程度でスイッチON、約96℃程度でスイッチOFFとなるので、
図9の指針の辺りが約103℃~106℃程度、図10の指針の辺りが約96℃程度であるという目安がつきます。
|
【考察】
水温計がレッドゾーンに入ってもラジエータファンが回転しない場合は、
無理をせずにそれ以上走行するのを避ける必要があります。
水温計が高温寄りに狂っていて実際の水温が表示水温より低い場合はまだしも、
水温計が実際より低めに表示されている場合はオーバーヒートの危険性があります。
特に古い車両は水温計といったインジケータの故障のみならず、センサー等センダーも故障している場合が多々あります。
新車や高年式の中古車両でない場合は水温計を無条件に信頼することは時には危険をともないます。
水温計が正しく稼働しているか故障しているかを判断するには、
水温センサを加熱して、実際の温度と水温計の表示を見比べながら点検をする必要があります。
古い車両に乗る場合は本来その様な整備をされていることが望ましいといえます。
しかし例えそこまで整備する機会が得られなかったとしても、サーモスイッチを新品にしてファン回路の導通、
ファンの動作を確認しておけば、万が一水温計が故障していても規定水温になれば自動的にファンが回り、
オーバーヒートといった各所にダメージの大きいトラブルを避けることが出来ます。
水温は水冷エンジンでは油圧とともに最も重要な管理対象です。
やはり定期的に、総合的に水廻りを点検整備しておくことが求められます。
|
|