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事例:E-266

ワンウェイクラッチの破損によるエンジン始動不能とセルモータの異音発生について

【整備車両】 
 GSX1300RY (GW71A) "HAYABUSA" 隼 (ハヤブサ) 年式:2000年  参考走行距離:約26,500 km
【不具合の状態】 
 セルモータが空回りしてエンジンがクランキングせず始動不能に陥りました.
【点検結果】 
 この車両はある日突然エンジンがかからなくなったということでメガスピードにて整備を実施したものです.エンジンをかける為にセルモータを回したところ,何度かガシャンと音がしたものの,モータが空回りするだけでエンジンがクランキングせず,始動不能に陥っていました.
 状況から推測すると,ガシャンと音がしたのは瞬間的にワンウェイクラッチにモータがギヤを介して接続された時に発生したものであると考えられます.

図1.1 両方向に動くアイドルギヤ
 図1.1 は状況を確認する為にセルモータ周囲を点検している様子です.赤色の楕円で囲んだ部位はセルモータのアイドルギヤですが,本来一方向にしか動かないはずのものが左右に回転する状態でした.このことからその先にあるワンウェイクラッチが破損してフリーウエイになっていると考えらえます.
 また同時にセルモータも単体で回して状態を確認したところ,振れが原因とみられる振動による大きな異音が発生していました.このセルモータは走行距離でいうと約1,000km程前にマグネットの脱落により破損した ※1 為に新品に交換したものですが,残念ながら再び破損に陥りました.

図1.2 どちらにも空回りするワンウェイクラッチ
 図1.2 はクランクシャフトに取り付けられた状態のワンウェイクラッチを点検している様子です.本来片側がフリーでもう一方がクランクシャフトと接続されなければなりませんが,指でもスルスル動くくらい両方向に動くいわばフリーウェイになっていました.これではどんなにセルを回してもエンジンはかかりません.
 ここで大切なポイントは,ワンウェイクラッチを何度か動かしているうちに,瞬間的に固くなることです.つまり一瞬だけクランクシャフトに喰い付くということです.これはわずかな時間だけ急にクランクシャフトが回されることを意味し,負荷がかかると外れてまた空回りするという現象が発生していることの説明になり,すなわちガシャンという異音の原因であると推測されます.

図1.3 ぐるぐる回るワンウェイクラッチ
 図1.3 は破損しているワンウェイクラッチを単体で点検している様子です.本来動かないはずの内側のコロが指で簡単に動いてしまう状態でした.これは破損していると言えます.


【整備内容】
 破損していたワンウェイクラッチおよび異音の発生していたセルモータおよびベアリングを新品に交換しました.

図2.1 点検洗浄されたワンウェイクラッチ取り付け部
 図2.1 はワンウェイクラッチ取り付け部を点検洗浄した様子です.クランクシャフトを始め各部に問題がないことを確認しました.

図2.2 新品のワンウェイクラッチASSY
 図2.2 は新品のワンウェイクラッチASSYの様子です.少なくともW701型の場合,部品供給がASSYになっている為,ワンウェイクラッチ内部のみ入手することは不可能であり丸ごと購入しなければなりません.しかしローラの接触部の摩耗やベアリングの衰損を考えれば,インナーローラが破損する頃にはすべての部位がへたっていると考え,ASSYで新品にした方が安心できます.

図2.3 新品のワンウェイクラッチの状態確認
 図2.3 は新品のワンウェイクラッチの状態を確認している様子です.破損していたのがフリーウェイの様になってしまっていたのに対し,こちらはしっかりインナーローラが機能している為まったく動きません.

図2.4 組み立てられたワンウェイクラッチワンウェイクラッチASSY
 図2.4 はワンウェイクラッチを組み立てた様子です.この段階で一方にしか動かないことを手で確認しておきます.新品はある一方が空回りの場合,その逆に回すと瞬時に強力にかじり付きました.

図2.5 ワンウェイクラッチ取り付け後の動作確認
 図2.5 はワンウェイクラッチをクランクシャフトに取り付けた様子です.手で回して点検するとしっかりとワンウェイになっていることが確認できました.

図2.6 アイドルギヤの取り付け
 図2.6 はアイドルギヤを組み付けた状態でワンウェイクラッチの機能を確認している様子です.確実に動作することを確認しました.

図2.7 新品のセルモータASSY
 図2.7 は新品のセルモータの様子です.異音の発生していたセルモータを分解したところ,目視では不具合が確認できませんでした.回転に応じて周期的に異音が発生していた為,回転軸の振れが原因だと推測されますが,ベアリングを含むハウジングがすでに絶版であったことや,早急に修理する必要があった為,修理・研究は後日に回し,万全を期して新品に交換しました.

図2.8 新品のセルモータの動作確認
 図2.8 はエンジンに新品のセルモータを取り付け動作確認を行っている様子です.滑らかに回り,振れや振動などが無く,異音がしないことを確認しました.

図2.9 新品のベアリングの取り付け
 図2.9 は新品のベアリングを取り付けた様子です.セルモータを新品にしたことから,最良の状態で使用できるように関連するベアリングもすべて新品に交換しました.

図2.10 セルモータに接続されたアイドルギヤ
 図2.10 はセルモータに点検洗浄したアイドルギヤを接続した様子です.瞬間的なトルク変動によるギヤの損傷等ないことを確認し,ギヤは再使用しました.

図2.11 カバーされたスタータ機構
 図2.11 はスタータ機構にカバーを取り付けた様子です.実際にセルスイッチによりセルモータが回転し,容易にエンジン始動できるようになったのを確認して整備を完了しました.

図2.12 サイドカウル内側のエンジンに内蔵されるスタータ機構
 図2.12はサイドカウルを取り付けた様子です.この状態ではエンジンの大半が隠れてしまう為,日常ではまったく意識できない部位ですが,この部分にスタータ機構が位置していて,エンジンをかけるたびにこれらの部品が機械的に動作していることを忘れないことが大切です.


【考察】 
 今回の事例から学ぶべき一番大きなことは,ワンウェイクラッチが破損した場合,すぐにセルを回すのを止めないとセルモータも破損する可能性が非常に高いと言うことです.もちろん走行距離26,500km程度でワンウェイクラッチが破損するのは許しがたいことですが,同じような機構でエンジンを始動させる250ccのモデルと比較すれば,1,300ccのエンジンを始動させる為にワンウェイクラッチにかかる負荷は非常に大きなものです.部品の大きさがそれほど変わらないことから,耐久性も同等と推測した場合,寿命が短いのは自然であり,むしろ消耗品のひとつであると捉えなければなりません.

 セルモータの軸が振れたことにより異音が発生した大きな原因は,断続的に繰り返したワンウェイクラッチへの接続による急激なトルク変動であると推測され,その場合ワンウェイクラッチが破損するとセルモータも同時に損傷することを示しています.もっともセルが空回りしたらそれ以上スタータスイッチを押さなければセルの破損は防げるかもしれませんが,昨日まで容易にかかったエンジンがセルモータの空回りにより突然かからなくなったとすれば,普通は「あれ,おかしいな,何だかセルが空回りしてるのかな」などと思いながら,スタータを回してしまうはずです.そうであるのならば,ワンウェイクラッチの破損はセルモータの破損とセットで発生すると予め想定しておくことが必要であり,その場合,少なくとも定期的にワンウェイクラッチを新品にしておけば,セルモータを破損させることなく,またエンジン始動性の信頼度も良好なレベルを確保できることになります.しかしセルモータのマグネットが剥がれ落ちた ※1 事例の様に,スタータ本体も壊れる消耗品と覚悟しておかなければなりません.

 この車両は26,500km程度でワンウェイクラッチが破損しましたが,300km/hオーバーの性能を秘めていることを考慮すれば,それくらいは仕方ないかな,と受け流せるくらいの器量がないと,維持できない車両に属すると言えます.薄い鋳物のエンジンで200馬力近い出力のある300km/hオーバーのバイクなのです.昔では考えられません.新幹線じゃあるまいし・・・ いや待てよ,ひょっとしてこれは自家用新幹線なのか !?


※1 マグネットの脱落によるアーマチュアのロックがもたらす始動不能について





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