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事例:E-136

希薄燃焼によるプレイグニションがもたらすピストン融解とエンジンの焼き付きについて


【整備車両】

 R1-Z (3XC) 3XC3  推定年式1993年  参考走行距離:約19,400km


【不具合の状態】

 高速道路を50km程走行した時点でエンジンが焼き付きを発生させた為,車両が減速して停止しました.


【点検結果】

 エンジンから異音が発生し,やがて減速して停止したという症状から,

メガスピードにて整備を承る前に,まずエンジンの状態を確認する為に,圧縮圧力の測定を行いました.



図1.1 電極の熔解している2番シリンダのスパークプラグ

 図1.1は圧縮圧力測定の為に取り外した2番シリンダのスパークプラグの様子です.

1番シリンダのスパークプラグは何も異常は見られなかったものの,

2番シリンダスパークプラグは接地電極が熔解している上に,

中心電極や碍子周囲にアルミ合金と推測される熔解した金属が堆積していました.

このことから2番シリンダ内部で異常が発生していた可能性が高いと判断しました.



図1.2 2番シリンダの圧縮圧力測定

 図1.2は2番シリンダの圧縮圧力を測定している様子です.

1番シリンダは730kPa程度ありましたが,2番シリンダは300kPa程度しか圧縮がありませんでした.

このことから燃焼室内部に破損があると判断し,

エンジンをオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)する必要があると結論付けました.



図1.3 シリンダヘッド燃焼室の比較

 図1.3は取り外したシリンダヘッド燃焼室の様子です.

1番は正常な状態であることが確認できたものの,2番はカーボンが堆積していて,

表面にアルミ合金の破片と見られる金属が付着していました.



図1.4 アルミ合金の付着している2番シリンダヘッド燃焼室

 図1.4は2番シリンダヘッド燃焼室に付着しているアルミ合金と見られる金属の様子です.

黄色の四角A,B,C,Dで囲んだ部分はカーボンが付着していない金属そのものの色が確認できるのに対し,

その他ではアルミ合金と見られる金属をカーボンが覆っている状態でした.



図1.5 熔解しているピストン排気側

 図1.5は排気側の熔解している2番シリンダのピストンの様子です.

排気側の熔解が著しく,トップリングのランド部がなくなりピストンリングが露出していることが確認できます.



図1.6 クラウン及びトップランド排気側の熔損しているピストン

 図1.6は取り出したピストン排気側の様子です.

クラウンが溶けて排気側に流れ出しているのと同時にトップランドも熔損していて,トップリングが剥き出しになっています.

またセカンドリング排気側には熔損した一部が流れ込み,埋め尽くしていました.




図1.7 歪んだトップリング

 図1.7はピストン排気側を水平から見た様子です.

トップリングが上側に歪んでいることが分かります.

これはトップランドが熔損したことによりリングを保持することができず,

ピストン下降時にリングが持ち上げられて歪んだものであると推測できます.



図1.8 剥き出しになったトップリング

 図1.8は熔損によりトップリングが完全に剥き出しになっている様子です.

トップリングはいわゆる棚落ちの状態であり,セカンドリングは熔損したアルミ合金が流れ込んで埋め尽くされ,

排気側は圧縮保持や潤滑の機能が著しく損なわれていたと判断できます.



図1.9 ピストン吸気側

 図1.9はピストンの吸気側の様子です.

焼き付きにより生じた縦傷がかなり見られるものの,排気側の様な熔解は確認できないことから,

熔解に至る温度には達していなかったことが推測されます.

しかしシリンダ内部の機密保持という点からは機能が損なわれていると判断されます.



図1.10 ピストン内側に付着した溶解したクラウンの一部

 図1.10はピストン裏側に溶解したクラウンの一部と見られるアルミ合金が付着している様子です.

このことから,熔解したクラウンは掃気ポートからシリンダ下部に流れ込み,

クランクシャフトにより掻き上げられてピストン裏側に付着したものであると考えられます.



図1.11 熔解したピストンクラウンの融け込んだシリンダ

 図1.11は取り外した2番シリンダノ様子です.

黄色い四角A,B,C,Dはそれぞれ熔解したピストンクラウンがシリンダ壁面に溶け込んだものであると考えられます.



図1.12 排気ポートに流れ込んだ熔解したピストン

 図1.12は熔解したピストンが排気側に流れ込んだ様子です.

黄色い四角AはYPVSに付着したピストン,黄色い四角Bは排気ポートに流れ出したピストン,

黄色い四角Cはシリンダスリーブに乗り上げている熔解したピストンの様子です.



図1.13 クランクケース内部に飛散したピストン

 図1.13はクランクケース内部に散らばっているアルミ合金の様子です.

熔損したクラウンの一部が掃気ポートからシリンダ下部に落下し,クランクケース内部に飛散したものであるといえ,

この一部が再びはね上げられてピストン裏側に付着したものであると考えられます.



図1.14 リードバルブ側にはね上げられたピストンの一部

 図1.14はリードバルブ側にはね上げられた溶解したピストンの一部の様子です.

熔解したピストンクラウンの一部が掃気ポートを通りクランクケース内に落下し,

クランクシャフトによりリードバルブ側に掻き上げられたものであると判断できます.



図1.15 熔解したピストンの一部が付着しているリードバルブ

 図1.15はリードバルブに熔解したピストンの一部と見られるアルミ合金が付着している様子です.

クランクシャフトにより拡散されたピストンがリードバルブにまで達していたことを示しています.



図1.16 YPVSに付着した熔解したピストンの一部

 図1.16はYPVSに熔解したピストンの一部が付着している様子です.

熔解したピストンクラウンの一部は排気ポート側にも流れ出し,YPVSにもその一部が付着したものであると考えられます.



図1.17 排気チャンバに流れ込んだ熔解したピストン

 図1.17は排気チャンバに付着していアルミ合金の様子です.

表面のざらざらした細かい凹凸は熔解したピストンが再び固まったものであり,

熔解したピストンクラウンの一部が排気ポートに流れ出し,更に排気チャンバにまで達したものであると考えれらます.



【整備内容】

 各部が損傷ていていた為,破損部品を修正または交換する必要がありますが,

今回の修理では動力熱源発生部に関してお客様の意向を踏まえ,部品供給のあるものは新品を使用しました.

クランクケース室やクランクシャフト廻りは可能な限り洗浄,ピストン片の除去を行いました.



図2.1 熔解したピストン片を除去洗浄したクランク室

 図2.1は洗浄された2番シリンダクランクケース室内部の様子です.

熔解したピストン片がかなり散在していましたが,目視できる範囲ではすべて除去しました.



図2.2 熔解したピストン片を除去したクランク室リードバルブ側

 図2.2は洗浄したクランクケース室リードバルブ側の様子です.

これも可能な限り内部のピストンによる汚染等を除去することにより機能の回復を図りました.



図2.3 新品のピストンに組み付けられた新品のピストンリング

 図2.3は新品のピストンに新品のピストンリングを組み付けた様子です.

1番シリンダのピストンは熔解等は発生していなかったものの,2番シリンダと同時に新品に交換しました.



図2.4 コンロッドに組み付けられた新品のピストン廻り

 図2.4は新品のピストンをコンロッドに組み付けた様子です.

ニードルローラベアリングやピストンピンも合わせて新品に交換することにより,性能の回復を図りました.



図2.5 カーボンや熔解したピストンを除去洗浄したYPVS

 図2.5は付着していた熔解したピストンを除去し,堆積していたカーボンを洗浄した様子です.

表面を可能な限り滑らかに仕上げることにより機能の回復を図りました.



図2.6 新品のシリンダ

 図2.6は新品の2番シリンダ内部の様子です.

製造誤差はあるものの,新品は非常に内部が滑らかであり,かつ歪みがほとんどないことが分かります.

2番シリンダと合わせて1番シリンダも同時に新品に交換しました.



図2.8 クランクケースに組み付けられた新品のシリンダ

 図2.8は新品のシリンダをクランクケースに組み付けた様子です.

これにより新品になったピストン及びピストンリングとともに側面の密封性能が良好になりました.



図2.8 新品のシリンダヘッド

 図2.8 は新品のシリンダヘッドの様子です.

取り外したヘッドに比べ,燃焼室の表面の状態が格段に良くなることで,

本来の性能を取り戻すことが期待されます.



図2.9 シリンダに組み付けられた新品のシリンダヘッド

 図2.9は新品のシリンダヘッドを新品のシリンダに組み付けた様子です.

これによりシリンダヘッド,シリンダ,ピストン,ピストンリングといった燃焼室を形成する部品がすべて新品になり,

動力熱源発生部は新車と同等の性能を回復することができました.

またそれにより性能のみならず,エンジンの見た目も美しさを取り戻すことができました.



図2.10 エンジン組み立て直後の圧縮測定

 図2.10はエンジン組み立て直後に測定したエンジン圧縮圧力を測定した様子です.

約780kPaと非常に良好な数値を示していることが分かります.



図2.11 オーバーホールの完了したエンジン廻り

 図2.11はオーバーホールの完了したエンジン周辺の様子です.

性能の回復はもちろんのこと,ラジエータホースやクランプその他各ボルト類も新品に交換されたことにより,

全体がシルバーとメッキで彩られており,デザイナーの意図した当初の色彩を鮮やかに再現することができました.

メカニカルな光沢を放つ非常に美しい外観は所有する喜びに直結しないわけがなく,

2輪,特にネイキッドであれば,この様に美しい状態で所有していたいものです.



図2.12 試運転後に取り外したプラグ

 図2.12はエンジン組み立て完了後に慣らし運転を含めて試運転を完了した際に確認したプラグの様子です.

セッティングはメーカーの標準であり,シリンダ,ピストン,リング,ヘッド,の燃焼機関がすべて新品になっていることから,

標準における燃焼具合の指標のひとつとしての焼け具合と捉えることができます.

もちろん走行状態は非常に良く,2サイクルエンジンを十二分に楽しめる仕上がりになっています.

プラグはNGKのBR9ESを使用していますが,煤の付着具合から,8番に熱価を下げても良いといえます.

主燃料に関して言えば,メーカーが出荷時の番手において,

燃料の希薄に対する安全マージンを十分にとっていると考えることができます.



図2.13 試運転後に測定したエンジンの圧縮圧力

 図2.13は慣らし運転を含めた試運転後に測定したエンジンの圧縮圧力の様子です.

1番2番とも約750kPaであり,エンジンを組み立てた直後の測定より約30kPa程度低くなっています.

これは組み立て時に2サイクルエンジンオイルを各部に塗布している為,

密封性能が一時的に高くなっていたことによるものであると考えられ,

メーカー規定値の約700kPaに照らし合わせればむしろ現在の数値はベストであるといえます.



考察】

 エンジン内部の破損原因としていわゆる“焼き付き”が少なくありません.

そしてその焼き付きの中でも,エンジン燃焼機関に致命的な損傷を及ぼすのが異常燃焼による焼き付きです.

焼き付きを大きく分類すれば,

   ①水温上昇によるオーバーヒート時の焼き付き

   ②オイル切れによる油膜切れ時の焼き付き

   ③希薄燃焼による焼き付き

の3つが存在します.


 ①の水温オーバーヒートについては,ラジエータキャップで圧力をかけた場合でも水の性質から130℃程度が上限であり,

結果的に水廻りが破損してエンジンが空炊き状態になり,

200℃を超える頃には歪んだシリンダとピストンの引っ掻き合いにより,

削れてすき間ができる為,圧縮不足によりエンジンが停止するか,

それ以前に金属通しの固着で動きが止まることになります.


②のオイル切れの状態も同様に摺動面が潤滑されない為,高温になり,金属同士の引っ掻き合いや固着により,

エンジン内部の摺動,回転部の動きが停止することになります.

シリンダとピストンの摺動部が主な部位であり,当然オイル切れの場合はクランクシャフトのベアリングも焼き付きます.


③の希薄燃焼による焼き付きの場合,燃焼室が極端に高温になる為,異常燃焼の発生が境界層を破壊し,

ピストンの熔解という結果をもたらします.


 今回の事例を考えるにあたり,分解した結果と,焼き付きに至る過程を分析する必要があります.

まず高速を50km程走行できたという状況から,

少なくともその間は焼き付きを発生させるほどの水漏れオイル漏れは発生していなかったといえます.

つまり冷却系統の不具合によるオーバーヒートの焼き付きの可能性は低く,

また2サイクルエンジンオイルの供給不良による摺動部の焼き付きの可能性も低いといえ,

それらは入庫後の点検でともに異常が見られないことからも明らかです.

というのも,もしオーバーヒートやオイル切れによる焼き付きであれば,

左右のシリンダで同等の現象が発生している可能性が極めて高いといえますが,

損傷しているのは2番シリンダのみだからです.


 お客様からの情報として,焼き付き停止に至る直前にエンジンから異音が発生していたということなので,

エンジン内部に機械的異常が発生していたと推測することができますが,

分解した結果から,異常燃焼によるものであると断定することができます.

また空燃比トも1番に比べて2番が大きくなっている為,2番のみピストン溶解に至ったと見ることができます.

したがって,今回の事例のエンジン焼き付きの原因は異常燃焼によるものであり,

希薄燃焼による異常が高速走行50km付近で発生したといえます.


 希薄燃焼により,気化奪熱量が減少すれば冷却不足になり,

ある一定の段階でプレイグニションすなわち過早点火を引き起こします.

そしてその異常燃焼により境界層が破壊されて燃焼室内部が更に高温にさらされれば,

それがプレイグニションの引き金になり,悪循環はピストン溶解による焼き付きでエンジンが停止するまで継続され,

エンジンに致命的な損傷を及ぼすことになります.

今回の事例ではまさにこの状態に陥っていたといえ,

希薄燃焼にならない程度の安全マージンを割り込むことのない様なキャブレータのセッティングが求められます.


 またこの車両はC.D.I が故障していたことにより,時々点火時期が狂い,

特にアイドリング時におけるエンジン回転が滅茶苦茶になる現象が発生していました.

それがどの程度プレイグニションに結び付いていたかを推し量ることはできませんが,

少なくとも製造から20年以上経過した車両については,

C.D.I は新品に交換しておくことが安心につながるといえるのは確かです.





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