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締め付けトルク不足によるシリンダヘッドからの水漏れについて


【整備車両】

RGV250M (VJ22A) RGV250Γ(ガンマ)  推定年式:1991年  参考走行距離:16,500km


【不具合の状態】

走行すると2番シリンダヘッドとシリンダの合わせ面から冷却水が漏れ出す状態でした.


【点検結果】

この車両は他店で購入されたものの,焼き付き等不具合の発生によりメガスピードにて整備を承ったものです.

排気漏れ
※1 燃料漏れの修理 ※2 チョークワイヤホルダの整備 ※3 や,オイル廻りの整備 ※4 等,

各所不具合を修理して試運転を行ったところ,

2番シリンダヘッドとシリンダの繋ぎ目から冷却水が漏れていることを発見しました.



図1.1 冷却水の漏れているシリンダヘッドとシリンダの繋ぎ目

図1.1はシリンダヘッドとシリンダの繋ぎ目から冷却水が漏れ出している様子です.

黄色の四角A及びBの冷却水はそれぞれ車両の進行方向右側と左側の側面から漏れ出した冷却水です.

エンジンをかけて走り出すと,すぐに冷却水が浸み出してくる状態でした.



図1.2 不適切な取り付け位置にあるナット

図1,2はシリンダヘッドを締め付けているナット(黄色い四角A,Bと白い四角C.D.E)の様子です.

袋ナットが2つ,通常のフランジナットが3つの合計5つのナットでシリンダヘッドがシリンダに締め付けられていますが,

本来袋ナットが締め付けられるはずのC,Dの位置には通常のフランジナットが取り付けられており,

代わりに通常のフランジナットが取り付けられるべきA,Bの位置に袋ナットが取り付けられていました.

これは,この車両をお客様が他店で購入直後に焼き付いた為,

他店でシリンダを取り外してピストンを交換したという経緯がありますが,

その時に作業した者が,整備書を参照せずに適当にナットを取り付けたと考えられます.

袋ナットは位置の指定があり,且つその部分にはガスケットが使用されることからも,

締め付けに対してのメーカー設計者の意図を汲み取る必要があったはずですが,

それが無視されたかたちになっていたといえます.



図1.3 シリンダナット締め付けトルクの測定

図1.3はシリンダヘッドナットの締め付けが他店で実際にどの程度で行われていたかを測定している様子です.

通常の分解時であれば,締め付けトルクの測定を逐一行う必要はありませんが,

今回は冷却水の漏れが発生していたことや,ナットの取り付け位置が不適切であった為,

冷却水の漏れの原因を探る上でも現段階の締め付けトルクの把握が必要であると判断しました.



図1.4 検査されたシリンダヘッドの締め付けトルク

図1.4は図1.2の白い四角Dの締め付けトルクを測定したものです.

表示は約17N‐mですが,戻しトルク法による補正をすると,締め付けトルクは約21,3N‐mになります.

これは整備書の締め付け指示トルクの3,0N‐mから3,4N‐mに対して,約60%でしか締め付けられていないことを示しています.

シリンダヘッドの締め付けナット5か所すべてを検査し,その結果を表1,1に記載しました.


a A B C D E
締め付けトルク(N‐m) 16.3 23.8 18.7 21.3 18.7
表1.1 取り外したナットの締め付けトルク(補正値)


数値は測定値の補正値であり,それぞれのナットの締め付けトルクは,

Aが16,3N‐m,Bが23,8N‐m,Cが18,7N‐m,Dが21.3N‐m,Eが18.7N‐mですべてのナットが規定値を大幅に下回っています.

平均の締め付けトルクは約19,8N‐mであり,規定値の約60%にしか過ぎないことから,

冷却水が漏れ出した原因はナットの締め付けトルクの不足によるものであると断定できます.



図1,5 ヘッドを取り外したシリンダ

図1.5はヘッドを取り外してシリンダの状態を点検している様子です.

袋ナットで締め付けられていたスタッドボルトに著しい錆が見られるものの,

シリンダヘッドとの合わせ面に大きな傷や損傷は見れらず,またピストン頭部にカーボンの堆積が確認できるものの,

シリンダ内部の状態は比較的良好であると判断できます.



図1.6 カーボンの堆積しているシリンダヘッド

図1.6は取り外したシリンダヘッド燃焼室側の様子です.

半球排気側にカーボンの堆積が見られるものの,シリンダとの合わせ面やその他に目立つ損傷は確認されませんでした.

以上のことより,接触面の不具合による冷却水漏れは原因から除去することができ,

今回の事例の冷却水漏れの大きな原因は,

シリンダヘッドナットの締め付けトルク不足であると判断しました.


【整備内容】

シリンダ側の状態もヘッド側の状態も年式を考慮すれば比較的良好であるといえる為,

組み立ての為の養生等から整備を行いました.



図2.1 合わせ面の研磨されたシリンダ

図2.1はシリンダヘッドとの合わせ面を研磨したシリンダの様子です.

同時にカーボンの堆積していたピストン頭部を洗浄し,錆の著しいスタッドボルトを新品に交換しました.



図2.2 合わせ面を研磨したシリンダヘッド

図2.2はシリンダとの合わせ面を修正研磨したシリンダヘッドの様子です.

同時に燃焼室に堆積していたカーボンを洗浄,除去しました.



図2.3 シリンダに組み付けられたシリンダヘッド

図2.3はシリンダに規定トルク及び適切なナットの位置で締め付けられたシリンダヘッドの様子です.

シリンダヘッド外観そのものも,研磨することにより亀裂損傷を点検すると同時に,

控えめ且つエレガントな光沢を取り戻し,見る者の目も楽しませることができるような表面処理を行いました.


【考察】

もう随分昔のことになりますが,かつてまだ日産自動車に統合される前のプリンス自動車に勤めていたという,

この道40年以上の先達から, 「マニュアルがないと整備できない人間にはなるな」 と言われたことを思い出します.

「当時は整備書なんかなかった」 とも言われていました.

整備書そのものが当時は一般に流通していなかったのか,あるいは勤め先に整備書がなかったのかは分かりませんが,

これは整備書がない場合でも自分で状況を把握し,適切な整備を施す必要があり,その能力が求められる,

ということを意図したものであるといえ,

確かに私もその通りであると認識し,特に古い車両においては,その額面通りでない整備技術が求められることは,

理論のみならず実際に肌で感じることが少なくありません.

しかし,その論理はねじ径や材質に対する標準締め付けトルクを含めた基礎的な学問を十分に把握した上で,

更に整備や修理上プラスαの技術水準が必要とされるべきときに,

初めて成り立つことが少なくないこともまた事実であり,

対象車両の整備書が容易に入手可能であれば,その記載の基本指示は必ず一読しておくべきであるといえます.



この事例では明らかにシリンダヘッドの締め付けトルクが平均して約40%も足りない上に,

通常のナットと袋ナットの取り付け位置が誤っていました.

この2点が冷却水漏れの大きな原因であると判断できますが,

整備書には規定の締め付けトルク及び袋ナットの取り付け位置の指定が明記されており,

それを参照し,その通りに作業を行えばまず間違いようがありません.

その上で例えばプラスαとして,合わせ面を平滑に研磨することや,

スタッドボルトの状態に対するナットの締め付けトルクの微調整等があるのです.

絶版等で容易に整備書が入手できない場合でも,基礎工学を修めていれば,

締め付けナットの径から少なくとも標準締め付けトルクを割り出すことは可能であり,

また2気筒250cc2サイクルエンジンのヘッドという概念でとらえれば,

どのような締め付けトルクが最適であるかを判断する能力が求められ,それを実践できるかどうかが,

整備技術者の質の違いであるといっても過言ではありません.



私はマニュアル人間は一定のレベルまでは行けても,その先の壁は越せないと考えています.

マニュアルよりも求められるのは状況に応じた対処能力であり,

現況から過去の状況を推測する洞察力であり,そしてそれを改善する復元力であり,

ひいてはお客様とのコミュニケーション能力や社会に対する適応性であるということに異論を挟む余地はありません.

しかしそれでもやはり基本はメーカーの発行した整備書いわゆるサービスマニュアルを把握することであるといえ,

逆にいえば,マニュアルは整備にあたり最低限把握しておかなければならないラインであると捉えることができます.

確かに正規の整備書でも誤記や不備が見られる場合もありますが,最重要参照資料であることは揺るぎなく,

メガスピードでは整備を承ったすべての車種について可能な限り整備書を完備することにより,

一層お客様へのサービスを充実したものにできるよう日々研鑚を積んでおります.



整備する車種が増えるたびに,またわずかな整備をするたびに,

その都度整備書を買いそろえるのは馬鹿馬鹿しいという同業者の声を聞くことも少なくありませんが,

私は整備書一冊一冊が財産であり,それが血肉になり,

車両を熟知し己の能力を高める極めて有効な道具であるととらえれば,

どんなにそろえても決して高いとはいえず,むしろ積極的に読破しなければならないと考えております.





※1 シリンダカバーからの排気漏れの修理事例

   “ガスケットの欠落とボルトの不適切な締め付けによるシリンダカバーからの排気漏れについて”



※2 燃料漏れの修理事例

   “燃料フィルター未装着による錆の混入がもたらすガソリン漏れ及びエンジン始動不可ついて”



※3 破損したチョークワイヤホルダの整備事例

   “チョークワイヤガイドホルダの締め過ぎによる軸のずれと亀裂の発生について”



※4 オイル廻りの整備事例

   “オイルホースの取り付け不良によるオイル漏れとエンジン焼き付きの危険性について”






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