トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 エンジン関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:21~30)


事例:E‐29
クランクシャフトベアリングの破損に起因する点火不良について


【整備車両】

 NSR250RJ (MC18) 推定年式:1988年  参考走行距離:27,500km


【不具合の症状】

 走行中にタコメーターの表示がめちゃくちゃになり、エンジンが停止しました。

 エンジンは停止しても再度始動可能でしたが、すぐにエンジン回転にバラつきが出て、

 スロットルを開けていないとアイドリングできない状態でした。


【点検結果】
 

 エンジンが停止してもすぐにキックによる始動が可能だったので、

走行中にエンジンが停止したものの、焼き付きの可能性は低いと判断しました。

回転のバラつきは意図的に点火時期をめちゃくちゃにしたくらいおかしな状態でした。

それと同じようにタコメーターの動きもめちゃくちゃでしたが、必ずしもエンジン音と同調していない場合がありました。

これらのことから、不具合の原因はPGM-CDIの故障か点火系統の異常であると推測しました。


 まずPGMを点検動作確認済のものと交換して試運転したところ、まったく症状が変わりませんでした。

次に、点火時期を決めているフライホイールロータとピックアップコイルを点検しました。

すると、ロータに亀裂が入っているのを確認できました。





図1.1 ロータの側面とラジアル面の間に発生した亀裂

 図1.1は破損したロータを左右から撮影したものです。

亀裂はほぼ全周にわたって発生していて、手でロータを揺らすとグラグラし、

亀裂の裂けが増大し、グニャグニャするのが確認できました。

手の力でこれだけロータが歪むので、

エンジンをかけたときの遠心力によるロータの偏芯はかなり大きなものであると推測できます。





図1.2 損傷しているロータの内側と良好なロータの内側の比較

 図1.2は取り外したロータ(上側の画像)と良好な状態の在庫のロータの内側を比較した様子です。

取り外したロータは偏芯により、内側に位置するステータコイルに接触して、擦り傷がついたと推測できます。

また画像中心部の金属が欠けているのが分かります。





図1.3 ロータの接触により損傷したピックアップコイル

 図1.3はフロントバンクとリヤバンクのピックアップコイルの様子です。

両方とも偏芯したロータの信号突起により表面が削られたと推測できます。

またマグネト部分に付着した金属片は接触部の金属が削れたものだと考えられます。


 ピックアップコイルの取り付け位置は固定位置からずれていなかったので、ロータに問題があったと考えることができます。

これらのことから、タコメータがめちゃくちゃに動作し且つエンジン音と同調していなかったのは、

偏芯するロータの突起が毎回正確にピックアップコイルを通過しておらず、

実際のエンジン回転数に対してパルス回転信号が誤ってタコメータに送られていた為であると考えられます。

そしてロータがピックアップコイルの突起を削る位置まで移動していた原因として、

ロータが振れている、またはロータが取り付けられている軸、いわゆるクランクシャフトが振れている、の2点があげられます。





図1.4 クランクシャフト水平方向と上下方向のがたの測定

 図1.4はクランクシャフトの水平方向と上下方向のがたを測定している様子です。

水平方向のがたは0,7mm、上下方向のがたは0,3mmでした。

通常はクランクシャフトの振れは0,01mmから0,03mm程度の範囲内なので、

その10倍から20倍もの振れがあることになります。

手で動かしても分かるくらい大きながたがありました。

このことから、クランクシャフト左端部分周辺は大きな破損があると考えることができます。

V型2気筒エンジンののコンパクトなクランクシャフトが左側だけ0,35mmも曲がることは考えにくいので、

左側のベアリングが破損しているか、あるいはクランクケースのベアリングハウジングが摩耗により擦り減って、

ベアリングとハウジングとのすき間が過大になっている可能性があります。




図1.5 プライマリドライブギヤ取り付け部のクランクシャフトのガタつきの点検

図1.5はクランクシャフト右側のプライマリドライブギヤのがたを調べている様子です

ほぼがたは0でした。このことからクランクシャフト右側に大きな破損はないと推測できます。



図1.6 破損したベアリング周辺に付いた金属片

 図1.6はクランクケースを分割した様子です。

中央のクランクシャフトベアリング及びオイルシールにはかなりの金属片が付着していました。



図1.7 破損したセンターベアリングの金属片の付着したセンターシール

 図1.7はセンターベアリングとそのオイルシールに付着した金属片の様子です。クランクケースに大きな損傷がないことや、

センターベアリングが触っただけでも内部が破損していることが分かるくらいガタガタになっていたので、

金属片はセンターベアリングの内蔵球状ころが削れ出たものであると考えられます。



図1.8 クランクケースセンターベアリングハウジングに付着した金属片

 図1.8はクランクシャフトを取り外したロアケースのセンタベアリング付近の様子です。

アッパー側にもロア側にもかなりの金属片が付着していました。





図1.9 クランクシャフト左端ベアリングの軸方向とラジアル方向のがたの測定

 図1.9はクランクシャフト左端ベアリングのラジアル方向とスラスト方向の振れ、がたを測定している様子です。

手でベアリングを動かすとガタガタなるので損傷はかなり大きいと判断できますが、実際に測定してみると、

スラスト方向に1,04mm、ラジアル方向に0,38mmと明らかに破損していることが確認できる測定値でした。


【整備内容】

 図2.1はクランクケースを点検洗浄した様子です。

図2.1 点検洗浄したクランクケース

 わずかに左端ベアリングハウジングに打痕があるものの、ケースそのものには目立った破損はありませんでした。

このことから、クランクシャフトの振動はベアリングで吸収され、

ハウジングには大きな影響を及ぼさなかったと考えられます。



図2.2 点検洗浄の完了したクランクケースに組み付けられた良品のクランクシャフト

 図2.2は良好な状態の中古クランクシャフトASSYをクランクケースに組み付けた様子です。

その際に損傷のあった左右のオイルシールは新品に交換しました。

88年式のMC18では、新品でクランクシャフトASSYが絶版であること、

及び部品供給が正規のパーツリストではASSY扱いになっており、

メーカー指定の整備方法ではASSY交換で、通常ではクランクシャフト内部の整備ができないようになっています。

この為、今回の事例では在庫しておいた中古の状態の良好なクランクシャフトASSYを使用しました。





図2.3 クランクシャフト左端の水平方向と上下方向のがた、回転振れの測定

 図2.3はクランクシャフト左端のスラスト方向とラジアル方向のがたを測定している様子です。

水平方向のがたが0,02mm、上下方向のがたが0,01mmでした。

ケースに組み付けた最左端の振れは0,07mmでした。

クランクシャフト単体での測定では左端軸受部の振れは0,03mm未満なので、

実際にはクランクシャフトはほとんど振れていないと考えられ通常の使用では問題ないと判断しました。

強いていえば、テーパ部の測定精度やケースのわずかな歪み等が考えられますが、

通常走行する為の性能には影響しないレベルとして処理可能な範疇であるといえます。



図2.4 良好なリヤバンクの中古ピックアップコイル

 図2.4は在庫していた良好な状態のリヤバンクのピックアップコイルを取り付けた様子です。

取り外したピックアップコイルの内部抵抗は220Ωと標準値内にあるものの、

表面に損傷があったので再使用せず、すでに新品は絶版だったので、在庫していた状態の良好なものを取り付けました。



図2.5 車体に搭載されたエンジンに組み付けられた良好な状態のフライホイール

 図2.5は良好な状態の中古フライホイールを組み付けた様子です。

ローターもすでに純正は絶版なので、在庫しておいた状態の良好なものを使用しました。

この段階でスパークプラグから火花が出ていることを確認しました。

そして走行可能な状態にしエンジンをかけ40km程試運転して状態を確認しました。

まず回転に比例して発生していたギャーといううなり音は完全になくなりました。

このことからうなり音は推測通り、ベアリングから発生していたものだと考えられます。

また特定の回転数における極端に発生していた振動が解消しました。

この振動も破損したベアリングが引き起こしていたものであると考えられます。

そして動作不良を起こしていたタコメータの表示も正常に戻りました。

これはメータの動作不良の原因が誤ったパルス信号であったことを示しています。

アイドリングからレッドゾーンまで異常はなく、回転もスムーズであることを確認して整備を完了しました。


【考察】

 この事例のエンジン点火時期がめちゃくちゃになった原因をまとめると、次のように考えれます。



①使用による消耗でクランクシャフトの中央と左端のベアリングが損傷し、クランクシャフト左端に振れが生じた

②クランクシャフト左端の振れがフライホイールロータに振動をあたえて、ロータを損傷させた

③損傷し偏芯したロータとクランクシャフトの振れが重複し、振れが増幅され、ロータの突起がピックアップコイルを損傷させた

それと同時に、ロータの偏芯により、点火信号を検出させる突起が極端にピックアップコイルから遠ざかる時に、

本来点火すべき位置で点火信号が検出できなかった

④その結果、エンジンの点火時期がめちゃくちゃになり、正常に走行できなくなったと同時に、

点火信号から回転を検出しているタコメータの動きがめちゃくちゃになった



 以上が今回の事例の原因の主な流れであると考えられます。

スロットルを手動で少し開けていればエンストしないのは、エンジン回転がある程度高ければ、

ロータの慣性等で多少エンジン点火時期が崩れても、何とか回転を維持できた為だと考えれられます。

逆に何も補助なしでエンジンが止まってしまうのは、速度の遅い回転では慣性も弱く精密な点火タイミングが必要で、

それを得られない為にスムーズな回転を得ることができず、不安定になり止まってしまうものと考えられます。



 クランクシャフトの理想は、振れのないことです。

しかし新品でも0,01mm~0,03mm程度の振れはあるので、

製造工程の精度もそのくらいの数値なら許容としていると考えられます。

マニュアルでの使用限度のそれはあくまで参考の値です。

この事例ではやむなく中古のクランクシャフトASSYを使用しました。

状態は、エンジンに組み付けた段階で、クランクシャフト左端の 水平方向のがたが0,02mm、上下方向のがたが0,01mm、

単体での軸受部及びセンターの振れはほとんどありませんでした。

ケースに組み付けた時の振れは0,07mmでした
が、測定部がテーパであること、

シャフト単体での振れは0,03mm未満であることを考慮し許容としました。

実際にエンジンを搭載して試運転を行うと、回転と同調していたうなり音が消え、

またある周期で発生していた振動もなくなりました。

このことからもエンジンの異音はクランクシャフトセンターベアリングと左端ベアリングの損傷であったといえます。

結果的に使用した中古クランクシャフトの状態や再使用したクランクケースの状態が理想的でなかったにしても、

走行するには全く問題のないレベルに整備することが可能であることが示されたといえます。



 メーカーは古い車両の純正部品を次々に絶版にしています。

通常のルートで入手困難な場合は、中古部品を使用することが少なくありません。

その場合、使用する中古品が問題ないものなのかを点検し、

どの程度までなら使用できるかの線引きをしなければなりません。

すべての新品部品を組めば、どこを測定しても規定値内に納まるのは当然です。

しかし中古部品を使用しなければならない場合、

もともと消耗している現在の部品に更にすでに消耗した中古部品を組み付けることになります。

ですのでそれを使用することによる誤差や規定値からの超過数値、

そしてそれを組んだ時のクリアランスや安全マージン、耐久性、性能回復の見込み等を推測して、

"いける"か"いけない"かを判断する必要があります。

結果はまさに整備技術者の技量にゆだねられます。



 エンジンがかからないあるいは正常に動かない為にどうやっても走行できない状態では、

エンジンの能力は"0"ゼロです。

修理や整備とはその状態を改善することにありますが、最低ラインとして正常に走行できるというレベルが求められます。

新車の状態が100%とすれば、その状態は例えば80%と仮定します。

今回の事例では交換したクランクシャフトが中古であること、クランクケースその他を再使用したことにより、

当然100%の状態にはなっていません。しかし、問題なく走行できるレベルに達しているので、

100%の状態まではいけなくても、80%の状態までにはエンジン性能が回復したことになります。

ここで検討しなければならないのは、どこまでエンジン性能を回復させるか目標の設定です。

エンジンはクランクシャフトのみならず様々な部品で成り立っています。

もちろんクランクシャフトはエンジン特に2ストロークエンジンではより最重要部品の一つといえますが、

仮にクランクシャフト廻りのみ100%の状態にできたとしても、

エンジン全体の部品点数、役割からすればそれは全体に占める割合の数%に過ぎません。

すなわちすべての個々の部品がそれぞれの役割を果たしてエンジンの総合性能が80%という結果をもたらしているのです。

そしてエンジンを構成している部品はすべての箇所が同等に消耗していると考えなければなりません。

今回の事例でもし新品のクランクシャフトが入手でき、新品のクランクケースが入手できた場合、

エンジン性能はどのように変化したでしょうか。

大きくみても、クランクシャフト廻りのみではせいぜい数%の性能アップがいいところではないかと考えられます。

例えば今回の事例では5という投資でエンジンが80%の性能を取り戻すことができたとします。

新品部品が入手困難という背景もありましたが、使用したのが中古部品なので投資額も最低限で済みました。

しかし、新品のクランクシャフトを使用した、あるいはそれと同等レベルに分解整備した場合の費用は5では足りません。

仮に費用が15必要だったとすると、結果的に費用は3倍かけても、エンジンの性能はわずかに上がっただけに過ぎません。

それを例えば2%としたならば、数値で言うと、5という投資で80%の結果が得られる、

15という投資で82%という結果が得られるということになります。

その程度の性能の差であればライダーが実感することができない場合が少なくありません。

他の部分がすべて中古なので、それ以上の性能を望むことは難しいといえます。

もちろんすべての部品を新品にすれば新車と同等の性能になりますが、

その場合新車の販売価格の方がはるかに安くなるといえます。

つまり、かける費用に対して、効果がどのくらいあるのかということが重要になってきます。

中古車両の修理、整備というのは常にその費用対効果が重要なテーマになります。

そして整備技術者はそのレシオを常にお客様に説明する必要があります。

ここで取りあげるべき課題は、部分的に新品部品を使用することの否定ではありません。

費用をかけてもどうしてもクランクシャフトを新品同等にしたい場合は、

それで問題ありませんし、むしろ新品であれば間違いありません。

しかしいかなる修理や整備でも、

その為に投資した費用とその投資に対する効果の割合を考える必要を忘れてはなりません。



 この事例からいえる最も大切なことは、エンジン(含む車体)から異音が発生した場合は、

無理に使用することを続けず、すみやかに点検整備されることが望ましいということです。

この事例ではエンジンと同調したうなり音や特定の周期での振動等から、エンジン内部のベアリング機関、

すなわち2ストロークエンジンでいえばクランクシャフトのベアリングが損傷を受けていると判断することができます。

エンジン内部ではミッションにもベアリングが使用されていますが、クラッチを切った状態でも症状が変わらない為、

ミッションのベアリングは関係ないと判断できます。

また走行しているときも、エンジンをかけたまま停止しているときも症状が変わらないので、

走行に関する機関を原因から除くことができます。



 フライホイールが破損したのは、クランクシャフトの振れや振動によるものであると考えられます。

亀裂はクランクシャフトの回転方向と直角に交わる部分で発生しています。

すなわちクランクシャフト動力とフライホイールの慣性力を互いに受ける部分に疲労が発生したといえます。

金属疲労は長年の使用や過度の負荷が原因になります。

この車両のフライホイールは破損するひと月前、

走行距離では1,500km程前に点検した時は亀裂は全く発生していませんでした。

つまり、エンジンに異音、異常振動が発生する様になって約1,000kmでフライホイールが完全に破損したと考えられます。

おそらくエンジンに異音が発生し始めた段階でベアリングが不具合を起こし、クランクシャフトが振れ始め、

それについているフライホイールに振動が伝わり、一気に疲労が蓄積したものと推測できます。

さらに亀裂の生じたフライホイールが振れ始め、共振がかなり大きくなり、

やがてピックアップコイルの点火信号に影響が出たのだと考えられます。

これらのことから、もしエンジンに異音が発生していれば、その段階で点検整備をすることにより、

フライホイールの損傷は防げた可能性があるといえます。

この事例では点火信号がめちゃくちゃになり、エンジン不調という自己症状により、

それ以上エンジンが損傷することを回避できましたが、

場所によっては完全に破損するまで稼働し続けるものもあります。

やはり著しい異音が発生した場合は、無理に使用を続けず迅速な点検整備が求められるといえます。





Copyright © MEGA-speed. All rights reserved