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クラッチドライブプレートの破損やスプリングの衰損、プライマリドリブンギヤ等の損傷について


【車両】

FZR1000
(3GM)  年式:1989年  推定走行距離:約33,200km


【不具合の症状】

クラッチ操作時のフィーリングに違和感が発生していました。


【点検結果】

クラッチカバーを開けてクラッチ廻りを見ると、クラッチドライブプレート9枚中の2枚が破損していました。

図1はドライブプレートがバラバラになっている様子です。

ハウジングに爪が引っ掛かっていたので落下せずに組み付けられた状態で保持されていたと考えられます。

図1、破損したクラッチドライブプレート

図2は破損したドライブプレートの状態を詳しく検証する為に並べた様子です。

図2、ドライブプレートの破損状況の検証

3GMではドライブプレートが9枚使用されています。そのうちの外から5枚目と7枚目が図のように破損していました。

図2は外側から5枚目のドライブプレートが破損した様子です。

まず気がつくのは、プレート破断部はすべてプライマリドリブンギヤに噛み合う爪の部分で折損しているということです。

そしてプレートの厚みを測定すると、新品のプレートと比較してほとんど摩耗していないことが分かりました。

この2点から、ドライブプレートは摩耗する前に急激に大きな伝達トルクが伝わり、

それを緩衝する能力を上回ったトルクを受け切れずにプレートが伝達部の爪の部分で破損したと考えられます。


図3、破損したクラッチハブ

図3はクラッチハブに噛み合っているフリクションプレートの打痕とフリクションスプリングの打痕の様子です。

図4、フリクションスプリング
ラジアル方向の8つの打痕はフリクションプレートの爪が、

クラッチハブと噛み合っている部分に出来たものです。

真ん中の筋状に削れた痕は、図4のスプリングの組み付け位置と

一致しています。

このことからスプリングが急激な伝達動力を受け切れずに、

本来ハブと噛み合っている爪が段差を飛び越えて回転したときに

ハブと擦れて削ったものだと考えられます。

スプリングそのものや爪の部分には損傷等は見られませんでした。

大きなトルクがかかった時に瞬間的に共回りしたものだと推測できます。

図5は損傷したプライマリドリブンギヤの様子です。

打痕や削れた痕のあるラジアル方向の2列は、

砕けた5枚目と7枚目のドライブプレートの位置と一致します。

状況からプライマリドリブンギヤから急激に大きなトルクがドライブプレー

トに伝達された瞬間に材質が耐えられずに削れたと考えられます。


プライマリドリブンギヤの方は打痕や削り跡がつき、ドライブプレートの方は素材の耐久性を超えたトルクにより図2の様に

砕けたと推測出来ます。


図5、プライマリドリブンギヤの打痕

図6はクラッチスプリングの内側の支柱がスプリングとの接触により削れた様子です。

スプリングの段がはっきりと確認出来る程鮮明な深い傷がついているのが分かります。

図6、スプリングインナーハウジングの削り跡

図7はクラッチスプリングがおさまるハウジングの外壁にスプリングが擦れて削れた様子です。

スプリングハウジングの内側であるハブも、外側であるプレッシャプレートもともに素材は金属の中では比較的軟らかい

アルミ合金です。どちらの面もスプリングの段がはっきり分かるような傷のつき方をしている点から、

状況としてはスプリングの位置が変わらず繰り返し同じ様な力で接触し続けたか、

衝撃的に大きな力が加わり一度で削り取った可能性があります。


図7、プレッシャプレートスプリングハウジングの損傷

図8は定盤の上でスコヤを用いたスプリングの曲りの測定をしている様子です。

図8、クラッチスプリングの曲り度合いの測定

スプリングの曲り具合は1,0mmと新品のスプリングとほとんど変わらず、損傷による目立つ曲りはありませんでした。

またスプリングそのものに関しても、使用されている6本とも傷や損傷、折損等はありませんでした。


図9、新品のスプリング(左)と古いスプリング長の比較
図9は新品のスプリングと取り外した古いスプリングの自由

長を比較したようすです。

古いスプリングの自由長は約48,72mm、

新しいスプリングの自由長は50,8mmと2mm程度古い

スプリングが縮んでいました。

図9では新品と古いもので一巻き程差があるのが分かりま

す。この差の分クラッチ板の圧着力が低下していたと考え

られます。

スプリングが2mm程度短くなるにはかなりの負荷が長期に

渡りかけられていた可能性があります。

クラッチスプリングの場合はクラッチレバーを握っている

時間がスプリングを縮めている時間です。

信号待ちの時にギヤをニュートラルに入れず、

ずっとレバーを握っている等の状況が考えられます。

また何らかの原因でスプリングを縮める方向の力がドライブ

プレートやフリクションプレートから受けていた可能性もあります。
図10は損傷したフリクションプレートの様子です。

図10、フリクションプレートの破損状況の検証

画像中央部に何らかの外力によりプレートにえぐられた跡があるのが分かります。

全部で8枚あるプレートのうち1枚が規定値を上回る歪みが発生していました。

プッシュロッドに損傷はなく、振れも0,11mmと規定値内でした。

各所ベアリングにも目立った損傷やガタ等はありませんでした。


【整備内容】

一番損傷度合いの大きかったのはやはりドライブプレートです。

9枚中2枚が砕けていたので、その2枚は部品構成の必要上新品に交換しました。

図11は新品のクラッチドライブプレートの様子です。



図11、新品のドライブプレート

損傷していない残りの7枚のドライブプレートは外観からは厚みや目視点検で再使用可能な状態でしたが、

この機会に新品に交換しました。2枚の破損状況を考えると、

破損後は残りの7枚に負荷が集中し外観からは分からない疲労が蓄積されている可能性があるからです。

それと同時に破損したのがたまたま9枚中相対的に強度の弱かった2枚だけであって、

破損する程強大なトルクは9枚すべてにかかっていたと考えられるからです。

フリクションプレートは多少えぐれていた部分がありましたが、歪んでいた1枚は新品に交換し、

残りの7枚は再使用しまた。

プライマリドリブンギヤ及びクラッチハブ、プレッシャプレートは損傷部分があるものの、

その具合と新品に交換した場合の費用との兼ね合いを考えた結果、再使用することにしました。

クラッチスプリングは6本とも規定値より短くなっていたので、すべて新品に交換しました。

各所ベアリングは目視では大きな問題がなかったものの、走行距離や年式を考えて、この機会に新品に交換しました。

図12、オーバーホールの完了したクラッチ廻り

図12は点検整備の完了したクラッチ廻りの様子です。クラッチカバーとクランクケースの面がかなり荒れていたので、

修正研磨してからカバーを組み付けました。


【考察】

この事例ではクラッチ廻りの構成部品各所が損傷していました。

クラッチ板が摩耗するより先に割れている状況や、ハブやプライマリドリブンギヤの損傷の状況を考えると、

強大なトルクが急激に伝達され、それに耐え切れずにクラッチ廻りが破損したと推測出来ます。

その様なトルクを伝達する状況としては、エンジンを高回転まで回した状況で急にクラッチをつなぐといった動作が

考えられます。スプリングには損傷がなかったものの自由長が短くなっていました。

これらを総合すると、かなりラフなクラッチ操作が繰り返された可能性が否定できません。


1989年式ヨーロッパ仕様の3GMは145PS/10,000rpm、10,9kg-m/8,500rpmとされています。

年式や走行距離から多少の馬力損失が生じていることを考慮しても、かなり大きな出力をもったエンジンです。

3GMはドライブプレートを9枚使用した設計ですが、無理な力をかければそれを受け止められずに破損してしまいます。

今後の対策としては、無理な高回転でのクラッチミートを避けること、半クラッチはなるべく少なくすること等が

必要だといえます。




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