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事例:S-69

スプリングの衰損及び鋼球軌道の段付き摩耗によるタンデムステップの開きについて


【整備車両】

 GSX400R (GK71B) GSX-R 2型  年式:1985年  参考走行距離:約100,000km+20,000km=約120,000km


【不具合の状態】

 タンデムステップを折り畳んでも走行による振動で勝手に開いてしまう状態でした.


【点検結果】

 この車両は継続検査(車検)の際に定期点検を同時にメガスピードで承ったものです.

今回の事例ではバイクに乗る前に折り畳んだタンデムステップが走行後には開いてしまうという事例について記載します.

症状からタンデムステップを保持するロック機構が衰損していると推測して分解整備を実施しました.



図1.1 汚れているタンデムステップ可動部構成部品

 図1.1は車体から取り外したタンデムステップ可動部の部品の様子です.

左からタンデムステップ裏側,スプリング,鋼球,スプリングシートとなっています.

全体的にかなり汚れていることから,各部を詳細に点検する為に洗浄しました.



図1,2 擦り減っている鋼球の軌道

 図1.2はタンデムステップ裏側の鋼球がセットされる穴(2つある穴の内,図の右下側)とその軌道の様子です.

図のAの部位がステップを開き切った時に鋼球が停止する位置です.

本来は穴に鋼球が収まり,

そこから移動する為に段差を乗り越える際の抵抗がタンデムステップ折り畳み位置保持力になりますが,

摩耗により削れて軌道が掘られてしまったことにより,鋼球が容易に穴から移動できる状態になっていました.

これがタンデムステップが折り畳んだ状態から,

走行時の振動等により勝手に開いてしまう1つ目の不具合の原因であると考えることができます.



図1.3 新品のスプリング(左)と自由長の縮んでいる衰損したスプリング

 図1.3は新品のスプリング(左)と,車体から取り外した古いスプリングを比較した様子です.

線径や巻数は同じですが,巻き方向が逆であることが分かります.

ピッチの間隔からも理解できますが,一番大きな違いは自由長であり,

新品は約8,78mmであるのに対し,取り外したそれは約7,98mmと約0.80mm取り外した方が短くなっていました.

これは鋼球をプレートに押し付ける弾性力による位置エネルギーの差となる為,

    

ですから,縮んでいた古いばねは少なくとも取り付け時においては概ね,

U〔J〕分だけタンデムステップを保持する能力が低下していたことになります.

したがって,このスプリング性能の低下分が不具合の発生した2つ目の原因であるといえます.



図1.4 鋼球保持部の比較

 図1.4は鋼球を保持する部分を比較した様子です.

新品のスプリング(左)は上面の断面が外側から内側まで均一であるのに対し,

取り外した古いスプリングは内側の鋼球接触部が摩耗して凹んでいることから,

その分鋼球が落下することによりプレートとの位置が離れる為,スプリングを圧縮する距離が短くなります.

これが不具合の3つ目の原因であると判断することができます.



【整備内容】

 スプリングや鋼球,セルフロックナット等は機能が明らかに低下していると判断できる為新品に交換しました.

その上でタンデムステップ側の摩耗部を修正し,

容易に鋼球が段差を乗り上げずに節度ある操作感を取り戻すようにしました.



図2.1 修正研磨されたタンデムステップの鋼球接触部

 図2.1は摩耗により発生していた段差を修正研磨することにより,

鋼球がわずかな力では位置決めの穴から飛び出さないように対処しました.



図2.2 新品のタンデムステップホルダ部品類

 図2.2は新品のボルト及びセルフロックナット,鋼球,スプリング,スプリングシートプレートの様子です.

ボルトとプレートは洗浄により再使用が可能と判断されるレベルの消耗でしたが,

それぞれに対応するスプリングとナットを新品にすることと合わせて新品にしました.



図2.3 正確に組み付けられたタンデムステップ裏側

 図2.3はタンデムステップを車体に取り付け,折り畳んでいる状態を裏側から見た様子です.

ステップブラケット内部に堆積していた泥と埃の混合物を洗浄することにより,

クリーンな状態でステップを取り付けることができました.

また新品のスプリングシートプレートに新品のセルフロックナットが使用されることによる性能の復元はもとより,

ボルトも新品に交換された為,見た目が非常にさっぱりした状態になりました.



図2.4 正しく折り畳まれているタンデムステップ

 図2.4はタンデムステップを正確に取り付け折り畳んだ様子です.

節度ある動作を取り戻すことにより,走行後にいつのまにかタンデムステップが開いてしまうという症状が改善されました.

またお預かり時には紛失していたボルトの化粧ゴムを取り付けることにより,外観の美しさの回復を図りました.



【考察】

 タンデムステップはそれ程使用する機会が多くない為,固着してしまうケース
※1 が少なくありません.

しかしこの事例では使用による摩耗や部品の消耗により,

走行による振動で折り畳んでいたはずのタンデムステップが開いてしまう状態でした.

性能には全く影響がないといえる部位ですが,走った後にバイクを降りてみると,

使用していないはずのタンデムステップが勝手に開いているのは気持ちの良いものではありません.


 この車両はすでに走行距離がメーター表示で一周を超えている為,

走行による振動等で鋼球が停止部位から脱落しやすくなっていたといえ,

鋼球とタンデムステップ裏側の穴の周囲が擦り減ってしまったこと,

鋼球とスプリングの接触部が同様に擦り減ってしまったことが問題であり,

またスプリングが数十年圧縮されたままで縮んでしまっていることも,問題であるといえます.

軌道が大幅に摩耗していることもそれらの不具合を助長させ,

尚一層タンデムステップが動きやすい状態にならしめたといえます.


 車両が古いということは,その車両に使用されているすべての部分が古いということです.

そしてその意味において,例えば今回の事例の様に,

スプリングは用途に応じて伸ばされたり,縮められた状態でその形状を保持しなければなりません.

それが5年や10年であれば持つものであっても,20年30年経過してくると難しい場合が少なくなく,

更に外部に露出している部位に関しては錆の発生が問題であり,いわゆる固着する大きな原因になります.


 今回の事例における圧縮されたスプリングは,不具合が発生したからこそ点検により確認ができましたが,

多くの場合特に整備される機会が少ない部位に関しては,中々状態を確かめることができません.

しかしスプリングは目視では分からなくても,振動により確実に疲労します.

特にミッションのリターンスプリングは最も重要なスプリングの1つであり,

これが切断した場合は変速が不可能になる
※2 為,出先で折れた場合は帰宅困難になります.

エンジンオーバーホールの際は必ず交換しておくことが求められる部品ですが,

タンデムステップの中身に関しては,ある程度は症状が発生しなければ点検整備される機会すらないというのも,

機能の重要性からすれば致し方ない部分があります.

しかし,今回の事例の様に症状として不具合が確認できるレベルになっていた場合は,

やはり可能な限りオーバーホールしておくことが重要であるといえます.

タンデムステップも消耗品です.

その意識を高め,経年や走行に応じて整備しておけば,更により良いバイクライフが約束されるでしょう.





※1 “ローラピンの錆によるタンデムステップの固着について”

※2 “シフトシャフトリターンスプリングの折損によるシフトロックがもたらす変速不能について”






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