トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 車体関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:51~60)


事例:S‐58

リヤフェンダの取り付け不良によるバッテリの脱落,短絡の危険性について


【整備車両】

 GSX1300RY (GW71A) "HAYABUSA" 隼 (ハヤブサ)  年式:2000年  参考走行距離:約22,400km


【不具合の状態】

 バッテリが車両下側に脱落していてグラグラしている状態でした.


【点検結果】

 この車両は大手量販店から購入されたものですが,納車整備の段階でバッテリの交換作業が実施されました.

メガスピードにて改めて点検の為にシートを取り外したところ,

バッテリが社外のカーボンリヤフェンダとともに車体下部に沈んでいることが確認された為,

その固定状態を見ると,左右ともバッテリ搭載部分のフェンダがボルトを突き破って落下していました.



図1.1 脱落したカーボンリヤフェンダ

 図1.1はバッテリ左に位置するフェンダ取り付けボルトの様子です.

カーボンで形成されたリヤフェンダが,その取り付けボルトの頭より大きい径で破損した為,下部に脱落していました.

確かにカーボンリヤフェンダは純正のそれよりも明らかに薄く,容易にグニャグニャ曲がる為,強度が低いといえますが,

それがバッテリの重量負荷に耐え切れずに脱落したというよりもむしろ,

取り付けボルトのフランジ部の径の選定を誤った為に取り付け部が突き破れてしまったといえます.


 また驚くことに,取り付けボルトがねじ溝に対してかなり斜め(図の角度θ分)にねじ込まれていました.

これは斜めに無理やりボルトをねじ込んでいた結果であるといえ,

確認の為にねじを締め付け方向に回したところ,正常のトルクではこれ以上回転しませんでした.

このことは,内部で雌ねじと雄ねじのねじ溝が斜めに無理にねじ込まれたことによりカジリを生じていることを示しています.


【整備内容】

 このままの状態ではバッテリが車体の揺れに応じてぐらつく為,

早急にバッテリを設置しているリヤフェンダを固定することが必要であると判断しました.



図2.1 タップによるねじ溝の修正

 図2.1はフレームの雌ねじ溝にタップを立てている様子です.

斜めにねじ込まれていたボルトを抜き取り内部を点検すると,ねじ溝の破損が比較的軽度であったことから,

ねじ溝の修正が可能であると判断し,タップを立てました.



図2.2 新品のスクリュ及びワッシャ

 図2.2は新品のスクリュとワッシャの様子です.

フェンダのスクリュ取り付け部が破損している為,座面の大きさを確保する必要があり,

ワッシャを使用することによる重量の増加を抑える目的でボルトをスクリュに変更しました.

もともと付いていたボルトが約5gであるのに対し,新品のスクリュは約3g,新品のワッシャは約4gであり,

合計約11gと約2gの増加におさえることができました.

最高速を狙う車両であれば,そのチャレンジの有無にかかわらず,

運動方程式からも明らかな様に常に整備において“重さ”を意識すべきであるといえます.

例え一箇所数グラムの差であっても,それが積み重なればやがてキログラム単位にまで影響してくるのです.



図2.3 確実にフレームに取り付けられた社外リヤフェンダ

 図2.3は破損した穴の径より大幅に大きなワッシャを使用することにより接触面を確保し,

確実に取り付けられたフェンダの様子です.

これによりバッテリを正しく設置することができるようになり,走行時における不安な要素を排除することができました.



図2.4 シートカウル装着時の修理個所

 図2.4は修理を実施した部位にシートカウルを装着した様子です.

同様に破損していた右側にも同じ整備を実施しました。


外観の美しさを損なうことなく,むしろ新品に交換されたスクリュやワッシャの光沢が際立ち,

例え裏側からフェンダをのぞかれても見る者の目を煩わしくさせることはありません.


【考察】

 バッテリを設置する為には端子を締め付ける必要がありますが,

その際にかかるわずかな力でもバッテリがフェンダごと車体下部に沈む為,

量販店の作業者はフェンダの異常に気がついたはずです.

もしこの状態に気がつかなければ整備者としては致命的であると言わざるを得ないレベルであり,

おそらくは気づいていても気づかないふりをしていたか,あるいは量販店に雇われた一介の工員に過ぎないことから,

経営者を通して対応することができなかった可能性も十分に考えられます.

しかし,この状態でフェンダに負荷が加わり続ければ,やがて千切れてバッテリが落下する危険性があることは,

誰でもでも容易に想像がつきます.


 バッテリはプラスとマイナスの太い配線が接続されている為,フェンダが脱落しても,

配線の張力でぶら下がっている可能性があります.

しかしバッテリがぐらついていることから+側が車体の揺れやバンク等でフレームに接触して短絡すれば,

即座にヒューズが溶断し,それが走行中であればどれ程危険であるか想像するまでもありません.

ましてや200km/hでの巡航を想定した車両であり,それが容易に可能であることからも,

高速時における不測の事態を可能な限り避ける為にも,

各部の機能に関しては点検の上に点検を重ね,更にその上で点検整備が行われるべきであるといえます.


 この事例では取り付けボルトのフランジ部の大きさの選定が不適切であった為,

カーボンリヤフェンダがボルトの頭を突き破っていました.

これが結果的に1つ目のミスとなりますが,作業時のミスとしてはボルトを斜めにねじ込んだ為,

きちんと最後まで締め切れずに途中でカジリを生じて止まってしまっているということです.

これは2つ目のミスになりますが,こちらの方が致命的であり,

ボルトが締め切らない為にフレームとボルトの頭との間にすき間ができ,

車両に上下方向の荷重が発生した際に,この範囲でフェンダが上下に動いていたと考えられます.

その結果,上下方向の繰り返し荷重がカーボン素材に破損をもたらし,フェンダが落下し,

そこに搭載されていたバッテリが脱落しかけていたということになります.


 これらのことからすべての元凶はフェンダの取り付けボルトを斜めに無理にねじ込んだ為に,

最後まで締め切ることができず,結果的にフェンダの破損をもたらしたということになります.

優れた整備技術者であれば,ねじ溝に正しくボルトが入らなければ,

差し込んだその瞬間に指先に生じる違和感から作業が正確でないことを把握することができます.

この感覚は特にDOHC4気筒のプラグホールや,外部から見えない部分の整備には必須です.

当該事例の様に外部から見える位置においてボルトを斜めにねじ込むこと自体がすでに論外であり,

更にフェンダが正しく固定されていないにもかかわらず,そこで作業が中断されていることはまさに絶望的であるといえます.

なぜ中途半端な締め付けで作業を終わりにしたのか.

異常に気付かなかったのか,面倒なので途中でやめたのか,真相は分かりません.

この社外フェンダは車両販売元の大手量販店で交換されたということなので,

もはやその量販店がどうのこうのではなく,作業した人間に資質があるかどうかという次元の問題になります.


 工具を持って部品を交換したり分解したりすることは誰にでもできます.

インターネットの普及により,

オーバーホールしたと称して素人が整備したつもりになっている不完全でグチャグチャな車両が,

分け隔てなく市場に出回っている現状は非常に憂慮すべきであるといえますが,

この事例の様に例え業者であっても,

不適切な仕事しかできない資質に欠けた作業者が存在している現実は,

実際問題として真剣に考えなければなりません.

なぜここまで言わなければならないのか.

それはボルトを斜めに無理やりねじ込んで,そこで作業を終わりにすることなど,

プロフェッショナルであれば絶対に許されないからです.


 私は整備技術者として,車両に対しては非常に神経質です.

なぜなら極度の神経質にならないと見えてこない世界が存在するからに他なりません.

私の整備や修理に対する神経の使い方,あるいはホームページの構成内容から,

私がどのような視点で仕事に取り組んでいるかを理解していただけると思います.

そしてその様なホームページをいつもご覧いただいている方々は,

おそらく非常に真面目で熱心であると私は考えます.

修理事例でいうならば,エンジン内部の破損から,外装ボルト一本の脱落等,

修理の難易度では多岐にわたる項目を記載してありますが,そのどれもが同様に同等に重要であることは,

この事例からも明らかな様に,当社ホームページを閲覧されている熱心な方には伝わっているはずです.





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