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事例:S-92

完全に緩んでいたフロントドライブスプロケットナットについて

【整備車両】 
 RG400EW-2W (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 2型  年式:1987年  参考走行距離:約23,500 km
【不具合の状態】 
 フロントドライブスプロケットナットが完全に緩んでいました.
【点検結果】 
 この車両はメガスピードで不具合の整備を承る直前に他店で整備されたものですが,SIPCホースが最後まで取り付けられていなかったり ※1 ,各部に不具合が見られた為,それぞれについて整備し直しました.ここでは完全に緩んでいたフロントドライブスプロケットナットについて記載します.

図1.1 緩んでいたフロントドライブスプロケットナット
 図1.1は緩んでいたフロントドライブスプロケットナットの様子です.このままではナットの脱落や位置のズレ等によりフロントドライブスプロケットの取り付け状態が不安定になり,ひいてはチェーンの脱落等による事故につながりかねません.辛うじて回り止めのプレートがナットの脱落を抑えている状態でした.

図1.2 容易に指で回せたナット
 図1.2は完全に緩んでいたナットを取り外した様子です.内側の緩み防止剤が完全になくなった状態でした.回り止めのプレートを外したところ,指で回せる程度しか締め付けられていませんでした.


【整備内容】
 ナット及び脱落防止のプレートを新品に交換し,規定トルクで締め付けました.

図2.1 新品のナットおよび緩み防止プレート
 図2.1は新品のフロントドライブスプロケットナットを取り付けている様子です.緩み防止剤が付いている為,指ではこの位置までしか回せません.

図2.2 正確に取り付けられたナット
 図2.1は新品のフロントドライブスプロケットナットを規定トルクにて正確に軸に取り付けた様子です.緩み止めワッシャAとセルフロックの爪B,そして緩み防止剤Cの3つの安全策が施された上,ナットは110N.mのトルクで締め付けられている為,通常の使用では緩む可能性は極めて低いと言えます.


【考察】 
 RG400Γの整備を数多くこなしていると,フロントドライブスプロケットナットは中々緩めることができないほど固着している場合と,指で簡単に回ってしまうほど緩んでいる場合に遭遇することがあります.固着の場合は経年による錆等が関係していると考えることができます.しかし緩んでいるものは,使用により振動等で緩む可能性はあまり考えられない為,フロントドライブスプロケット交換した際に締め付け不良という作業ミスが原因ではないかと推測されます.このナットが110Nmというバイクの部品としては非常に大きな締め付けトルクである上,回り止めを工夫しないとスプロケットが回ってしまう為ナットが正確に締め付けられないことも,未熟な作業につながる原因であると考えることができます.参考までに110Nmというと,一般的な4輪乗用車のホイールナットの締め付けトルクに等しく,これが完全に緩むということは,タイヤが緩んで外れることと同等です.

 トルクがどうであれ,場所がどうであれ,まずは指定された通りに正確に整備する技術と精神が必要です.このくらいで良いかな,といった安易な適当さが整備不良につながるのは明らかであり,検査用トルクレンチで測定してみれば,いかに勘というものが危険であるかを容易に理解することができます.
 勘というものは,究極の領域であると私は考えています.工業でも芸術でも確かに最後は人間の感性あるいはセンスが価値や完成度の高さ,感動を呼び起こすものにつながります.しかしそれは一番最後です.特に自動車整備となれば,整備書に締め付けトルクが指定されているのですから,まずはそれを正確に実施しなければなりません.

 よくキックした感じで圧縮がありそうです,という文言を目にする機会があります.しかし本当にキックした感じで圧縮が分かるのでしょうか.特に4サイクルエンジンはバルブスプリングの抵抗が大きい為,それだけでクランクが重くなることから圧縮があると勘違いする傾向があります.しかも足というものは,人体の中でも動作や感覚が大雑把な部類に属します.その足で蹴った感じでエンジンの圧縮が分かるのでしょうか.50ccの単気筒と400ccの4気筒で同じ圧縮圧力だとしてもキックした感じは全く違います.もちろん50ccの方が比べ物にならないほど軽いのですが,軽いからと言って圧縮圧力がないとは限りません.その様な状況で無差別に,エンジンをキックで判定できる能力があるとすれば,それは超人です.そして私は超人ではありません.それゆえ,測定器を用いて正確に診断するのです.
 前置きが長くなりましたが,ナットやボルトの締め付けも同じことです.いきなり勘でやるから締め付け不足あるいは締め付け過ぎになるのです.常日頃トルクレンチを使用していればある程度はトルク感が腕に浸み込みますが,それでも重要箇所や指定部分はきちんとトルクレンチで正確なトルク管理を実施すべきであり,それがこの事例の様なナットの緩みを回避する地道ながらも一番正確で近道な方法であることを信じて疑いません.


※1 差し込みの不適切なSIPCホースについて





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