トップページ故障や不具合の修理事例【二輪自動車】 車体関係の故障、不具合、修理、整備の事例 (事例:101~110)


事例:S-101

マスターシリンダリターンポートの詰まりによる利きっぱなしになったフロントブレーキについて

【整備車両】 
 RG400EW (HK31A) RG400Γ(ガンマ) 1型  年式:1985年  参考走行距離:約15,200 km
【不具合の状態】 
 試運転中に,走行距離24km地点でフロントブレーキが利きっぱなしになり,車両が完全に止まりました.
【点検結果】 
 この車両は他店で購入されたものの,燃料漏れが直らないということでメガスピードで整備を承ったものです.結果的にキャブレータへの錆の混入
※1 が燃料漏れの原因でしたが,今回の事例では,燃料漏れを修理して走行できる状態になった段階で,試運転中に発生したブレーキの不具合について記載します.

図1.1 フロントブレーキがフルロックになり全く動かない車両
 図1.1はフロントブレーキが利きっぱなしになり,全く動かなくなった車両の様子です.2車線の国道の追い越し車線を走っていたところ,急にブレーキの液圧が解除されなくなり,そのままブレーキが利きっぱなしの状態に陥りました.危険を察知して路肩に寄ろうとしましたが,走行車線の交通状況から無理と判断し,どんどん減速する中,交差点の右折ラインに避難しました.2サイクルエンジンの焼き付きより強力な減速感,そしてクラッチを切っても何をしても勝手に減速していく感じは非常に怖いものです.
 図1.1は,もはやこれまでかと思いながら何とか1速を吹かして右折した直後の様子です.この段階で全く車両が動かせないほどフロントブレーキが食いついていました.ブレーキレバーを握っていない状態,すなわちブレーキランプが点灯していない状態でどんどん減速していくため,右折ラインに入れなければ,後続車にいつ追突されてもおかしくない状況でした.
 工場から24kmも離れたところでこの様な事態に陥ったことに若干焦りを感じました.というのも,2時間後には当工場にお客様にお越しいただく予約が入っていたからです.しかしこういう時こそ落ち着かなければなりません.車載工具からプライヤを取り出し,ブレーキラインにかかっている液圧を抜くことを考えました.

図1.2 噴水の様に飛び散ったブレーキフルード
 図1.2は左キャリパのブリーダプラグを緩めた様子です.噴水の様にブレーキフルードが噴出し,地面に落下しました.赤色の楕円で囲んだ部分は飛び散ったブレーキフルードです.かなりの液圧がかかりっぱなしになっていたことが分かります.
 すぐに車体を前後させ,人力でもバイクが動かせることを確認しました.したがって,この時点でキャリパの固着と切り分けられると判断しました.なぜならピストンが固着していると,液圧を解除したところでピストンが戻らないからです.それに24kmは普通にブレーキ操作が可能だったことを考えれば,いきなりピストンが固着するとは考えられないからです.ブレーキフルードの液圧がかかりっぱなしになるのは,レバーを離しても圧力が戻らないということです.すなわちブレーキフルードの戻りの経路が何らかの原因でふさがったと推測することができます.その場合,一番可能性が高いのは,戻りの経路で一番小さいマスターシリンダリターンポートにゴミが詰まるということです.

図1.3 不具合の発生源と推測されるフロントブレーキマスターシリンダ
 図1.3は工場に戻ってから撮影したフロントブレーキマスターシリンダの様子です.ブレーキランプスイッチがテープでぐるぐる巻きにされていますが,多くの場合,これをはがすと,何らかの不具合があり,その場しのぎの対処がなされています.メガスピードで整備を承る前に,購入先のカスタムショップと称する場所でブレーキフルードは交換されているはずですが,これまでの経緯からただ事ではないだろうと判断し,分解整備に入りました.

図1.4 ゴミが付着してるリターンポート周囲
 図1.4はリターンポート周囲の様子です.カスやゴミが周囲に付着していました.何らかの原因で,これらがリターンポートに詰まったと推測されます.

図1.5 ブレーキフルードに混入しているゴミ
 図1.5はブレーキフルードの詳細を調べる為,白の紙に排出した様子です.赤色の楕円で囲んだ部分はすべてゴミと見られる小さな混入物です.ブレーキフルード内部にもこれだけのゴミが確認できました.これでは内径の微小なリターンポートが詰まるのも無理のないことです.

図1.6  汚れているキャリパ内部
 図1.6は右側キャリパの様子です.内部に蜘蛛の巣があったり,ゴミが付着していたり,非常に汚い状態でした.やはり最も気を付けなければならないのはブリーダプラグです.特に左側のプラグは,穴の中まで錆びていることが確認できます.

図1.7 側面に錆の発生しているブレーキピストン
 図1.7はキャリパを分解して取り外したピストンの様子です.ブレーキパッドを新品に交換した場合,ピストンがかなりシリンダ内部に押し込まれる為,錆の発生部位がシールに被る恐れがあります.最悪の場合,ブレーキフルードが漏れ出す恐れがあり非常に危険です.


【整備内容】
 
マスターシリンダは訳の分からないものが装着されていた為,洗浄して云々という選択肢はなく,NISSINの新品に交換し,ブレーキキャリパはオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)を実施しました.

図2.1 洗浄,検査を終え塗装されたキャリパ
 図2.1は細部まで洗浄し,露わになった表面等を点検した上で再使用可能と判断し,塗装を実施したキャリパの様子です.すでに発売から数十年経過していることから見苦しい程度に塗装がダメージを受け全体が汚れていました.それを理想的な段階まで洗浄した時点で塗装が大幅に剥がれ落ちた為,再塗装を実施しました.これにより性能の回復だけでなく見た目の美しさも同時に取り戻すことができました.

図2.2 新品のブレーキキャリパピストン
 図2.2は新品のブレーキキャリパ・ピストンの様子です.メッキの美しさはもちろんですが,何よりこの滑らかなピストンを使用する安心感は言葉で表現できないものがあります.
 もし取り外した古いピストンをいくら洗浄・研磨したところで,それを再使用すればオイル漏れの不安は決してなくなることはありません.不安なバイクに乗っていても面白くありませんし,十分に車両の走行性能を楽しむこともできません.

図2.3 組み立てられたキャリパ
 図2.3は新品のピストンやシール,ボルト,ピンやクリップを使用して組み立てられたキャリパの様子です.非常に美しく,見ているだけで乗るのが楽しみになります.

図2.4 車体に取り付けられたキャリパ
 図2.4はオーバーホールの完了したキャリパを車体に取り付けた様子です.もちろんブリーダプラグとそのゴムキャップも新品になっています.特にブリーダプラグは錆がひどく,例えキャリパの整備をしても,ブリーダプラグがそのままではすべてが台無しになると言っても過言ではありません.もちろんそれは見た目の光沢の点からも言えることですが,実際には錆がキャリパ内部に混入する性能面の懸念の方がウエイトが大きいことを付け加えておかなければなりません.
 もう一度図1.6をご覧下さい.錆び切ったブリーダプラグは触るだけで錆の粉が落ちてきます.それに比べこの図のプラグをご覧いただければ,その銀の光沢の美しさが良く分かるはずです.性能面で言えば,ブレーキライン内部に錆が逆流するという可能性を限りなくゼロに近づけることができたということです.

図2.5 新品のNISSINブレーキマスターシリンダASSY
 図2.5は新品のNISSIN製のブレーキマスターシリンダASSYの様子です.これにより確実な液圧の伝達,解除が可能になります.

図2.6 187型端子を使用した配線の作製
 図2.6はブレーキスイッチに接続する187型端子を使用して作製した配線の様子です.メガスピードで端子で配線を作製する場合は,必ずカシメた後に半田付けを実施し,強靭な配線にします.
 この配線を作製しなければならなかったのは,取り外したマスターシリンダの端子が110型だった為,車体側も110型になっていて,NISSINのマスターシリンダの187型ブレーキスイッチと互換性がない為です.したがって,マスターシリンダに合わせて車体側を187型にする必要がありました.

図2.7 車体に取り付けた187型端子の配線
 図2.7は187型端子の配線を電源側とアース側の2本作製し車体にギボシ端子で接続した様子です.これによりNISSINのマスターシリンダのブレーキスイッチにつなげることができるようになりました.

図2.8 ブレーキスイッチに接続された187型端子の配線
 図2.8は187型端子をマスターシリンダのブレーキスイッチに接続した様子です.ブレーキ操作に連動して正常にランプが点灯するようになりました.

図2.9 整備の完了したマスターシリンダ
 図2.9は整備の完了したマスターシリンダの様子です.40km程試運転し,ブレーキが正常であることを確認しました.ブレーキが解除されなかった時と同じルートを選択し,ブレーキが解除できなくなった24km地点を問題なく通過できたことはとても大切なことです.それは事故にあった人が,再びそこを通過することができるようになるのと同じくらい大切なことです。何かあっても,くじけたとしても,嫌なことがあったとしても,一度体制をたて直し,十分に準備してそれを乗り越えたとき,人は一回り大きくなるのです.


【考察】 
 最初のお見積もりでは当社でブレーキまで手を入れる予定はありませんでした.というのも,お客様の購入されたカスタムショップと称するバイク店の整備者から調子良く走っていたとの証言があり,またお客様の当初の予算ではブレーキまでは考えていなかったからです.しかし,私が他人の仕事を信用しないという動機づけを更に強化するように,今回も結局はブレーキまで実施しなければなりませんでした.私がお見積もりの時に 『古いバイクは全部やらなければならない』 と申し上げるのはこのためです.特にブレーキは重要です.つまらないことであの世に行く必要などどこにもないのです.

 もし試運転を十分にしていなければ,お客様がお帰りの際にブレーキが利きっぱなしになって走行不能に陥っていたことは間違いありません.私は仕事柄,不具合の共有と再現性の有無を確認する為,そのような車両に乗る機会が多いことから,不測の事態に備え,緊急回避もそれなりに心得ているつもりです.それでも今回はかなり怖い体験になりました.大型トラックが多く通る国道でしたから,一歩間違えれば・・・という状況でした.それでも何とか避難して停車し,状況を判断して落ち着いてブレーキ液を抜き,主にリヤブレーキを使用して整備工場まで帰還しました.しかし,一般のお客様が走行中にいきなりブレーキが利きっぱなしになったらどうでしょうか.パニックになっている中,車載工具を取り出してブレーキ液を抜けるでしょうか.そしてもしそれが高速道路だったらどうなっていたでしょうか.追突されて大惨事になっていたかもしれませんし,轢かれていたかもしれません.それを回避できただけでも,試運転の重要性を十分に理解していただけるはずです.

 試運転はある程度の走行距離と速度で,様々な不具合を経験し故障診断を行える整備技術者が腰を据えて行わなければ,その効果はありません.やはり一般国道を含めて最低限30km程度は実施しなければなりませんし,場合によっては高速走行も必要です.例えば敷地内を走行しただけ,あるいは数キロメートル走っただけでは今回のような潜在的な不具合は顕在化せず,最終的にお客様が納車後の早い段階で車両トラブルに陥ることになります.試運転の究極の目的は,お客様が何もせずに安心して乗れるかどうかの判断をすることにあるのです.

 今回の事例において,直接的な不具合はマスターシリンダのリターンポートのつまりであると推測されます.しかしキャリパの状態も考慮し,ブレーキ廻りを一式確実に整備するという方法を選択しました.むしろそれ以外はあり得ません.なぜなら,もしキャリパをそのままにしておいたら,近い将来同じような不具合が発生する可能性を否定することができないからです.そのような不安材料を残したままでは,整備することに何の価値もありません.ですので一式セットで整備し,確実な安心を手に入れました.

 整備後の試運転の足取りが軽かったことは想像に難くないと思います。自分の技術を信用し,自分で整備したと分かっているから,本人が一番安心なのです。そしてその安心をお客様にお届けできるのであれば,整備したかいがあるというものです.


※1 フィルターの破れによりフロートバルブに挟まった錆によるキャブレータからの燃料漏れについて





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