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ピストンとキャリパに挟まれたダストシールのねじれによる油圧解放時の動作不良について


【整備車両】

GSX400R-2 (GK71B) GSX-R Ⅱ型  1985年式  〈参考〉走行距離:約16,000km


【不具合の症状】

フロントブレーキの油圧が正常にかからずスカスカしていて、強く握るとレバーを握り切ってしまう状態でした。


【点検結果】

左側のブレーキキャリパを点検すると、

ダストシールがハウジングから飛び出してピストンとシリンダに挟まれていました。



図1の黄色い四角で囲んだ部分はキャリパのハウジングから飛び出しているダストシールの様子です。

シールがハウジングとピストンに挟まれていることが確認できます。



図1、ピストンとキャリパに挟まれたダストシール

この状態では間に挟まっているシールの厚みの分ピストンとシリンダの摩擦力が増して、

ピストンの動きに影響を及ぼしていると判断できます。

油圧を解放した時に目視でも分かるくらい、ピストンの戻り量が増えているのが分かります。

これはこの状態ではピストンシールの機能と同様にダストシールが油圧をかけた時にねじれた分、

油圧解放時に元の形状に戻ろうとする為、復元するときの形状の変化量が大きく、

その分ピストンの戻り量が増えることが原因であると考えられます。

さらにダストシールがピストンとシリンダの狭い部位に挟まっている為に圧着力が増大しているので、

復元時のゴムの変化量があまりスリップロスせずにピストンに伝わっている為、

形状復元による戻り量が多くなっています。




図2、油圧解放時におけるピストンとパッドのクリアランスの測定

図2はダストシールを噛み込んでいるピストンの、油圧解放時におけるパッドとのクリアランスを測定している様子です。

クリアランスは0,07mmと、その他のピストンの油圧解放時の0,03mm未満と比較して、

戻り量がかなり大きいことが分かります。

つまり、戻り量が多い分、次に油圧をかけたときにピストンがパッドに接触するまでの距離が長くなり、

ダストシールのねじれる量が増大するとともに、

長くなったストロークの多くの油量が必要となり、結果的にブレーキレバーの握り量が増えていました。

そしてその油圧を解放すると、上記の理由によりピストンの戻り量が増え、

悪循環に陥っていました。




図3、図1の状態からさらにピストンを出した時にはみ出したダストシール

図3は参考までにピストンをキャリパから10,35mm出した時のダストシールの様子です。

この時のピストンの戻り量は0,30mmでした。

この状態になると、次に油圧をかける場合は正常の何倍ものピストンストロークが必要になるということです。


【整備内容】

ダストシールを取り外すことも含めて、状況からオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)が必要であると判断し、

キャリパ内部を分解し、点検、測定、洗浄することからはじめました。



図4は洗浄したダストシール及びピストンシシールハウジングの様子です。


図4、洗浄、点検したダストシール及びピストンシールハウジング

ダストシールハウジングを点検した結果、割れやこぼれ、亀裂、減肉といった損傷は見つからなかったので、

ダストシールのハウジングからのはみ出しは、ハウジングの状態に起因しないと判断できます。




図5、オーバーホールの完了したキャリパの油圧解放時におけるピストン戻り量の測定

図5はオーバーホール【overhaul】(分解整備・精密検査)の完了したキャリパの、

油圧解放時におけるピストンの戻り量を測定している様子です。

パッドピンの復元力が加味されていますが、すべてのピストンにおいて、クリアランスは0,01mm未満であることが分かります。




図6、フォークに組み付けられた整備の完了したキャリパ

図6は試運転を行ったキャリパ廻りの様子です。

ブレーキを握ってすぐに油圧がかかり制動力も十分であることを確認して整備が完了しました。


【考察】

ブレーキがスカスカになり、油圧がかからなくなる背景には様々な原因があります。

この事例ではハウジングからはみ出したダストシールがピストンとシリンダの間に挟まったことにより、

油圧解放時におけるピストンの戻り量が多くなり、結果的に次に油圧をかける為の油量が増大したことによる、

マスターシリンダのストローク量の増大が、ブレーキレバーを握り切ってしまう原因でした。

ここで大切なのは、なぜダストシールがこのような状態になってしまったのか、その要因を考え再発防止につなげることです。

状況から、ダストシールはピストンがキャリパから出る方向の力が働いた時にハウジングから飛び出し、

ピストンとシリンダの間に挟まったと推測できます。

このキャリパの正常なピストンとパッドのクリアランスは、

パッドスプリングによるパッドの戻りを含めた場合の概算で0,01mm未満です。

つまりピストンの移動量は0,01mm未満なので、

ダストシールが動いたとしても、最大で0,01mmを超過しないそれに近い数値です。

少なくとも走行中にブレーキを動作したことによるダストシールの挟まりの可能性はないと判断できます。

次に、キャリパを分解整備し、ピストンをキャリパに入れる時に、

ピストンがダストシールを引きずって内部に移動させることも理論的に考えられます。

しかしその場合はダストシールの挟まりが外側ではなくキャリパ内側になるので、この事例では除外できます。

また、ピストンをキャリパ内部まで一杯に押し込んだ時にダストシールがずれていたとしても、

車体に組み付け、ブレーキフルードを入れ、ピストンをパッドがディスクを押す位置まで移動させる際に、

ダストシールが押し出されたピストンに引きずられて外側に出たという可能性は否定できます。

もしそうであれば、初めからピストンの戻り量が多く、ブレーキがスカスカになっていると考えられるからです。

しかし実際はブレーキ機構は油圧がしっかりかかり、正常に作動していました。

残る可能性としては、キャリパ分解整備後に何らかの原因でダストシールがこのような状態になったということです。

実際の走行におけるブレーキの使用ではダストシールが飛び出してピストンとシリンダに挟まることは、

前述した理由により極めて可能性が低く、何か外部からの応力がないと説明ができません。



この車両はお客様がご自身でパッド交換をされた経緯があるということですが、

パッドは新品が組み付けられていたので、それを交換する時にはキャリパ内部、

ピストン廻りは削られたパッドの粉やゴミ等でかなり汚れていたはずです。

新品のパッドを組み付ける時は、消耗したパッドに比べて厚みがかなり増大するので、

その分ピストンをキャリパ内部に戻さなければなりません。

この時に単純にピストンを戻せば大きなトラブルに直接結び付きます。

使用されたピストンは錆や汚れで表面は荒れています。

それをそのまま戻せばシールやシリンダ内部は傷だらけになるだけでなく、

そのピストンがパッドを押し出す位置まで出てくる間に各シールを引きずり出します。

戻す時にピストンが清掃されていたとしても、単純にピストンを清掃するだけでなく、

シールを引きずり出さない様に、あるいはシールの位置がわずかでも狂わないように、

どのようにすれば良いかを知識及び技術で解決する必要があります。

お客様からの情報ではピストンは清掃してキャリパ内部に戻されたということですが、

そこまでは良いにしても、ダストシールの摺動状況から、

ピストンがパッドを取り付けるのに十分な位置までキャリパシリンダ内部に戻されてから、

油圧がかかりピストンがシリンダから出てきた時に、ダストシールがハウジングから脱落し、

ピストンとの摩擦でハウジングの外まで引きずられ、

ピストンとハウジングの外側の間に引っ掛かったのではないかと推測できます。

すなわちそれがダストシールの飛び出しの状況だと仮定すれば、

原因はピストンの摩擦力とダストシールの摩擦力が過大だったということになり、

摩擦力の増大は過剰な清掃によるピストン側面の損傷や潤滑不良等が考えられます。

その状況に、さらに油圧のかけ方が急でピストンのストローク速度が速く、

ダストシールを急激に刺激した可能性も否定できません。



パッド交換は一見ユーザーレベルでチャレンジする入門のようなとらえ方がされているケースがありますが、

私はそうは思いません。

作業そのものは容易でも、整備前と整備後の油圧の動作の精度を維持する為には、

単純にセオリー通りやれば良いというものではありません。

特に2輪の場合は4輪と違いキャリパが外部からアクセスしやすい位置にあることや、

4輪の様にジャッキアップする必要がないので、ユーザーでもパッド交換をしやすい環境にあるといえます。

しかしブレーキは最も重要な機関の一つであり、基本的にユーザーレベルで整備されることは望ましくありません。

やはり整備技術者がしっかり現物の状況を確認し、

何をどのようにしたら良いか的確に判断し、整備が行われるべきであると考えます。

今回の事例ではメガスピードにて確実に整備が行われたので、

ピストンの戻り量はすべて0,01mm未満というレベルで組み付けられていることにより、

油量は最低限で済む為、レバーを握っても最も早い段階で油圧がしっかりかかるようになりました。



これまでの消去法的な観点から、ダストシールが少なくとも短時間に0,02mm以上ピストンで摺動され、

且つピストンがキャリパの外に押し出される方向に移動する方向で、

ダストシールがピストンとハウジングに挟まる状況に陥るのは、

パッド交換の為にピストンがキャリパ内部に戻され、

パッド取り付け後にピストンに油圧がかかり、ピストンが正規の位置に戻される状況に絞られます。

しかし実際にパッド交換をされた直後にダストシールがどのような状態になっていたのかは不明なので、

今回の事例の原因はあくまで状況からの推測となりますが、

重要なのは、ブレーキ廻りの整備はやはり整備技術者が行うことが望ましいということです。

例えばメガスピードで行った整備個所を納車後にお客様がご自身でねじの1本でも外された場合、

当社では一切の責任を負うことができません。

ですので納車後の整備もメガスピードにご依頼いただくようお願い申し上げております。



巷ではデカピストンを採用している車両はブレーキがスカスカになる、つまり油圧がかからなくなる、

整備しても数カ月でスカスカになる、といった俗説があるということですが、

もしそうであれば大量のリコールが発生していたであろうし、

RG-ΓシリーズやGSX-Rシリーズをはじめ、

これほど多くの車種にデカピストンが採用されたはずがありません。

整備技術者の立場からいえば、むしろ技術の伴わない素人が生兵法でブレーキ廻りを整備した結果、

いわゆるがブレーキがスカスカになる現象が起き、

そのような事例が多い為に、デカピストンが悪いという不当な評価をされているのではないかと思えます。

メガスピードには、ご自身でフロントブレーキを“オーバーホール”されたものの、

ブレーキレバーの握りが多くなり、油圧がかかるのが遅くなり、スカスカになってしまった、

といったことでデカピストンを装着した車両が持ち込まれることが少なくないこともその裏付けの一つになっていると考えます。

ブレーキがスカスカになってしまったのですから当然その行為はオーバーホールとはいえず、

単に分解したものを組み立てて、機能を発揮していない危険なブレーキを作ってしまっただけに過ぎません。

“オーバーホール”という語彙そのものの意味を誤って解釈、使用されているとはいえ、

これは非常に憂慮すべきことがらであることには間違いありません。

分解して組み立てるのであれば誰でもできます。

しかし同じ作業でも、設計者が意図した通りの性能に限りなく近い性能を再現するのが整備のプロフェッショナルです。



二輪自動車のブレーキは真空倍力装置も圧縮空気を利用した機構もなく、

いわば古典的な機械式の油圧を利用したシンプルなものですが、

その整備は構造とは逆に十分な知識と技術が必要であるといえます。

特に対向ピストンの左右のキャリパで合計8ポット以上あるものは、

確かな技術がないとスカスカになり非常に危険な状況に陥ります。

スカスカのブレーキに我慢して乗るライダーは人生においてその貴重なライディング時間をスポイルしてしまうだけでなく、

意図するブレーキングができずに結果的に自身のみならず、

周囲の交通を巻き込んで非常に危険な状況に陥っているといっても過言ではありません。

やはりブレーキの整備は技術と知識、経験を持ち合わせた整備技術者が行うべきであるといえます。

メガスピードではエンジンと同様に特にブレーキの整備に力を入れており、

最良のサービスを提供させていただくことができるよう日々精進しております。





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